2009年04月09日

旭ホームズ(株)

市場ジャスダック
コード1913
発行株数30,148,000
単位株数1000
倒産時株価廃止後倒産
廃止時株価1
倒産日09.04.09
廃止日

メモ/記事引用
「東京」 旭ホームズ(株)(資本金8億6734万円、多摩市関戸2-24-27、代表坂谷賢一氏、従業員26名)は、4月8日に東京地裁へ自己破産を申請した。申請代理人は澤田政道弁護士(千代田区麹町1-8-1、電話03-5212-3933)ほか5名。当社は、1974年(昭和49年)6月に設立。東京西部、松戸市・柏市を主要エリアに注文住宅、鉄筋コンクリート住宅、リフォーム工事を行う建築工事部門を中心に、不動産仲介、不動産賃貸も手がけ、89年11月に店頭市場(現・ジャスダック)へ株式登録を行うなど順調に業績を伸ばし、91年3月期には年売上高約151億400万円を計上していた。バブル崩壊後は市況低迷によって業績が悪化していたうえ、在庫物件の多くが不良資産化し資金が固定化。このため、従業員削減や96年に取引先などへ第三者割当増資を行い、2001年には当時親会社より役員が派遣されるなど再建策を実施していた。こうしたなか、2006年9月にセボン(株)(未上場、建売分譲、新宿区)が株式公開買付(TOB)を実施して当社を子会社化したことで、以降はセボンのもとで経営再建を目指し、同社の施工請負のほか、建売分譲など不動産事業へのシフトを図っていた。しかし、近時は改正建築基準法の影響やサブプライムローン問題を背景とする金融環境の悪化、競合や消費低迷などもあり、2008年3月期の年売上高は約33億6800万円にダウンし、同期末時点でセボンより7億円の借り入れを行うなど資金面では親会社に依存した経営体質となっていた。こうしたなか、セボンが本業不振や貸付金の固定化などによって、2008年8月に民事再生法の適用を申請、当社を取り巻く環境も急速に悪化した。同社とのその後の取引についても見直しを迫られたことで今期の業績も大幅減収、赤字転落が避けられない状況となり、自主再建を断念した。なお、2009年3月期の第2四半期において、公認会計士等が結論不表明とし、かつ、その影響が重大であるとして、2008年12月27日に整理ポスト入りし、その後、1月27日に上場廃止となっていた。負債は2008年9月末時点で約10億8800万円。


2009年03月30日

(株)アゼル

市場東1
コード1872
発行株数68,650,478
単位株数1000
倒産時株価7
廃止時株価1
倒産日09.03.30
廃止日

メモ/記事引用
「東京」 東証1部上場の(株)アゼル(資本金150億円、大田区西蒲田8-23-1、代表古江正氏ほか1名、従業員145名)は、3月30日に東京地裁へ自己破産を申請し、同日同地裁より破産手続き開始決定を受けた。申請代理人は清起一郎弁護士(新宿区左門町3-1、電話03-3352-8500)ほか3名。破産管財人は長島良成弁護士(千代田区五番町5-5、電話03-5276-1321)。当社は、1956年(昭和31年)11月に創業、57年(昭和32年)11月に法人改組した。元々建築工事を主体としていたが、その後自社開発による分譲マンションの販売に進出するほか、パチンコ店経営なども行い、83年12月には東証2部へ、86年10月に東証1部へ上場を果たしていた。「エンゼルハイム」のブランド名を冠したマンション販売を主力に、グループ会社を通じて建設事業、金融事業、レジャー事業などを手がけ、97年3月期には年売上高約647億9300万円(単体ベース)を計上、中堅デベロッパーとしての地位を確立していた。しかし、競合の激化、不動産価格高騰の影響から用地仕入れが困難となり一部プロジェクトが停滞するなどしたことで、2005年3月期の年売上高は約282億2700万円にダウン。近時においては、不動産有効活用を目的とした収益物件の購入や転売、仲介など業務拡大を目指したことで売上高は400億円台を回復していた。しかし、昨今の不動産業界を取り巻く環境の厳しさから当社の業績も再び落ち込み、2008年3月期は年売上高約328億9600万円に対し、約38億6300万円の最終赤字を余儀なくされていた。昨年6月には、プロスペクトグループから代表ほか役員の派遣を受けるなどして再建を目指したが、昨年9月のリーマンショック以降は金融機関からの資金調達はさらに厳しさを増していた。このため、固定資産の売却を計画的に進めていたが、3月に入って第三者割当増資の中止とともに、今月の決済を予定していた売却案件において譲渡先からの入金がなされない事態となったことで資金繰りの目処が立たなくなり事業継続を断念、今回の措置となった。負債は約442億円。


2009年03月12日

(株)エスグラントコーポレーション

市場名セ
コード8943
発行株数97,230
単位株数1
倒産時株価600
廃止時株価85
倒産日09.03.12
廃止日

メモ/記事引用
「東京」 (株)エスグラントコーポレーション(資本金19億1115万円、品川区東五反田5-28-10、登記面=目黒区下目黒1-8-1、代表杉本宏之氏、従業員15名)は3月12日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請した。申請代理人は神部健一弁護士(中央区日本橋3-3-11、電話03-3281-7716)など6名。監督委員は永島正春弁護士(千代田区丸の内3-3-1、電話03-3211-1791)。当社は、2001年(平成13年)12月に設立した、ワンルームマンションを中心としたマンションの企画、開発、販売会社。独身女性や投資向けの中高年者に開発・販売する「ラグジュアリーアパートメント」ブランドを中心に、一般向けの「ラグジュアリーレジデンス」ブランド、中古リノベーションマンション「Reno」ブランドなどを展開していた。オフィスビル、商業ビル販売の仲介、賃貸管理なども手がけていたほか、近年では不動産流動化事業への取り組みも拡大させていた。
2004年6月期には年売上高約56億5200万円を計上し、設立4年後の2005年12月には名証セントレックス市場に上場を果たすなど急速に知名度を高めていた。また、折からのマンションブーム、不動産投資熱の高まりに加え、積極的な営業活動を展開したことで急成長を遂げ、2007年6月期には年売上高約354億5900万円に伸長していた。しかし、サブプライムローン問題、建築基準法の改正などにより業界に対する信用収縮が進んだ影響で販売不振に陥り急速に業況が悪化。金融機関からの調達も厳しくなり、資金繰りが急速に悪化していた。このため2008年4月にユニマットグループ5社より出資を受け、同グループ入りを果たしたが、販売実績はあがらず、2008年6月期の年売上高は約291億1900万円に減少。その後も経営環境は厳しさを増し、金融機関からの口座凍結、返済金額の増額要請もあり、借入金の返済、建築代金の決済のメドが立たなかったうえ、3月3日には、2009年6月期第2四半期報告書の提出が遅延して監理ポストに割り当てられていた。負債は約191億3700万円。


2009年03月10日

パシフィックホールディングス(株)

市場東1
コード8902
発行株数986,290
単位株数1
倒産時株価1914
廃止時株価95
倒産日09.03.10
廃止日

メモ/記事引用
「東京」 パシフィックホールディングス(株)(資本金196億3947万4550円、千代田区永田町2-11-1、代表織井渉氏ほか1名、従業員171名)と子会社のパシフィックリアルティ(株)(資本金1億円、同所、代表秋澤昭一氏)、(有)パシフィック・プロパティーズ・インベストメント(資本金300万円、同所、秋澤昭一氏)の3社は、3月10日に東京地裁へ会社更生法の適用を申請し、同日保全命令を受けた。申請代理人は渡邊顯弁護士(港区虎ノ門4-3-1、電話03-5405-4080)ほか3名。保全管理人は前田俊房弁護士(千代田区神田須田町1-2、電話03-5296-7676)。パシフィックホールディングス(株)は、1990年(平成2年)3月に設立。95年4月に商号をパシフィックマネジメント(株)に変更し、投資家から出資を受けて不動産投資ファンド事業を主力としていた。その他、アセットマネジメント事業およびデューデリジェンス事業で構成される不動産投資コンサルティングサービス事業などの不動産投資事業を展開。2001年12月に株式を店頭公開(現・ジャスダック)、2003年9月には東証2部上場、さらには2004年10月には東証1部に上場するなど、不動産私募ファンドの大手としての地位を築いていた。また、不動産私募ファンドのみならず、グループで2004年3月には日本レジデンシャル投資法人、2006年9月には日本コマーシャル投資法人などでJ-REITも運営、2007年11月には年収入高約196億4700万円をあげていた。その後、2008年6月には持ち株会社に移行し、現商号に変更するとともに事業内容もグループの経営・事業戦略の立案、実行やグループの経営管理などに移行していた。しかし、サブプライムローン問題に端を発した金融機関の融資姿勢の厳格化および不動産市況の急速の悪化に伴い保有不動産の売却が進まず資金繰りが悪化。また物件購入見合わせによる違約金の発生や物件売却に伴う損失計上を見込み、2008年11月期では当期純損失約180億円に業績を下方修正。この間、財務体質の強化を図るべく2008年7月には(株)大和証券グループ本社による資本参加の基本合意を締結し9月末を目処に協議していたが、最終合意には至らなかった。11月には第三者割当増資による資金調達を発表したが、優先株式による調達資金約468億円のうち、現物出資を予定していた社債約270億円の払い込みはなされなかった。その後、新たに470億円の優先株式発行による増資交渉を進めていたものの、2008年11月期に大幅な赤字決算となり債務超過に転落したことから、金融機関からの借り入れに関し財務制限条項に抵触、継続企業の前提に関する注記がなされるなどしたことでその後も増資交渉が難航。監査法人からは意見不表明を受けるなど動向が注目されていた。負債はパシフィックホールディングス(株)が約1636億4600万円、パシフィックリアルティ(株)が約994億2900万円、(有)パシフィック・プロパティーズ・インベストメントが約634億4700万円で、3社合計では約3265億2200万円。


2009年02月26日

トミヤアパレル(株)

市場大2
コード8067
発行株数15,718,793
単位株数1000
倒産時株価37
廃止時株価1
倒産日09.02.26
廃止日

メモ/記事引用
「東京」 トミヤアパレル(株)(資本金42億5868万6375円、港区南青山4-1-6、代表南口孝氏ほか1名、従業員115名)は、2月26日に東京地裁へ会社更生法の適用を申請し、同日保全命令を受けた。申請代理人は海川直毅弁護士(千代田区麹町5-4、電話03-3261-5306)。保全管理人には佐藤順哉弁護士(千代田区内幸町2-2-2、電話03-3508-0721)が選任されている。当社は、1925年(大正14年)8月創業、43年(昭和18年)12月に法人改組した老舗のアパレルメーカーで、86年8月に大証新2部特別指定銘柄として株式公開を果たしたのち、91年6月に大証2部へ移行した。製造部門を担う子会社を相次いで設立するなど、メンズのドレスシャツの企画・製造・販売業者として業界最大手に位置し、カジュアルウエアやレディースブランドも展開。オリジナルブランドのほか、多数のライセンスブランドも擁し、百貨店・専門店向けのほか、近年は総合アパレルメーカーやセレクトショップ向けのOEM販売にも注力。バブル崩壊後は、拠点の統廃合やグループ企業の再編を進めつつも、94年12月期には年売上高約308億8100万円をあげていた。しかしその後は、大手量販店からの受注低迷などによって、2007年12月期の年売上高は約182億2700万円に落ち込み、約10億2600万円の最終赤字に転落。一方でベトナム、ミャンマーへの縫製工場設立などでコスト低減を図りつつ、カジュアル・レディースブランドの強化や海外アパレルブランド向けのOEM販売などで売り上げ確保に努めてきたが業況は好転せず、昨年秋以降の資金繰りは一段とひっ迫する状況となっていた。こうしたなか、2月24日には形態安定加工が施されていない商品を「EASY TO IRON形態安定」と表示販売したとして、大手百貨店2社とともに公正取引委員会から排除命令を受ける事態も発生。ここにきて自力再建を断念した。負債は約156億3500万円(平成20年6月30日時点)だが、今後変動する可能性がある。


2009年02月23日

(株)SFCG

市場東1
コード8597
発行株数12,245,470
単位株数10
倒産時株価1292
廃止時株価2
倒産日09.02.23
廃止日

メモ/記事引用
「東京」 (株)SFCG(資本金791億4915万円、中央区日本橋室町3-2-15、代表小笠原充氏、従業員数92名)は、2月23日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請、同日保全命令を受けた。申請代理人は阿部信一郎弁護士(千代田区永田町2-13-10、電話03-5157-2700)ほか16名。当社は、1978年(昭和53年)12月に設立された事業者向け貸金業者。主に即日・無担保融資を特徴とする中小企業向け保証人付ローンを手がけ、商業手形割引や不動産担保ローン、不動産業者向け融資なども展開。業界最大手に位置付けられていた。89年8月に店頭公開(現ジャスダック市場)、1997年10月に東証2部へ上場し、99年7月には東証1部へ昇格。2002年11月には商号を(株)商工ファンドから現商号へ変更した。外資系投資銀行などからの出資も得て、(株)T・ZONEホールディングス(現:(株)MAGねっと)など約100社のグループ企業を擁し、2007年7月期には年収入高約709億1000万円を計上。ハイリスクな貸付が多いため、不良債権は恒常的に発生していたものの、最終損益でも146億円700万円の黒字を確保していた。しかし、2006年12月に貸金業法が改正されたことで事業環境が急変。46都道府県での販売子会社設立や不動産担保金融専門会社の設立など事業再構築を図っていたが、サブプライム・ローン問題が発生した昨夏以降、貸付先に占める割合の大きかった不動産、金融・保険、建設などの業況が急速に悪化した。2008年7月期の年収入高は約839億8900万円を確保したものの、収益面では大幅な減益決算を余儀なくされていた。主要取引行6行とは1500億円のコミットメントラインを締結していたものの、その大半がリーマン・ブラザーズ証券(2008年9月16日民事再生、負債3兆4000億円)など外資系金融機関であり、当社に対する融資姿勢は厳しいものとなっていた。株式市場の極度の低迷によって、公募増資や保有株式の売却による資金調達も難航。調達手段が狭められる一方、直近では一部顧客に元利金一括返済を要求する強引な回収手法がマスコミ報道で問題視されたことなどで風評も悪化。2月20日に大島氏が代表を辞任して小笠原氏が代表取締役社長に就任、今回の措置となった。負債は約3380億4000万円。

09.03.24続報
「東京」 既報、2月23日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請、同日保全命令を受けていた(株)SFCG(資本金791億4915万円、中央区日本橋室町3-2-15、代表小笠原充氏、従業員数92名)は、3月24日午前9時に再生手続きの廃止が決定し、同時に保全管理命令と包括的禁止命令が下りた。保全管理人には瀬戸英雄弁護士(千代田区九段北4-1-3、電話03-3239-3031)が選任されている。今後、破産に移行する見込み。当社は、1978年(昭和53年)12月に設立された事業者向け貸金業者。主に中小企業向け保証人付ローンを手がけ、商業手形割引や不動産担保ローン、不動産業者向け融資なども展開。業界最大手に位置付けられていた。89年8月に店頭公開(現ジャスダック市場)、1997年10月に東証2部へ上場し、99年7月には東証1部へ昇格。2002年11月には商号を(株)商工ファンドから現商号へ変更した。2007年7月期には年収入高約709億1000万円を計上。最終損益でも146億700万円の黒字を確保していた。しかし、2006年12月に貸金業法が改正されたことで事業環境が急変。46都道府県での販売子会社設立や不動産担保金融専門会社の設立など事業再構築を図っていたが、サブプライム・ローン問題が発生した昨夏以降、貸付先に占める割合の大きかった不動産、金融・保険、建設などの業況が急速に悪化した。2008年7月期の年収入高は約839億8900万円を確保したものの、収益面では大幅な減益決算を余儀なくされていた。主要取引行6行とは1500億円のコミットメントラインを締結していたものの、その大半がリーマン・ブラザーズ証券(2008年9月16日民事再生、負債3兆4000億円)など外資系金融機関であり、当社に対する融資姿勢は厳しいものとなっていた。株式市場の極度の低迷によって、公募増資や保有株式の売却による資金調達も難航。調達手段が狭められる一方、直近では一部顧客に元利金一括返済を要求する強引な回収手法がマスコミ報道で問題視されたことなどで風評も悪化。2月20日に大島氏が代表を辞任して小笠原氏が代表取締役社長に就任。2月23日に、負債3380億4000万円を抱え、民事再生法の適用を申請していた。しかし、債権の二重譲渡が発覚するなど債権者の協力が得られそうにないことから、今回の措置となった。

09.04.21続報
「東京」 2月23日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請、同日保全命令を受けていた(株)SFCG(資本金791億4915万円、中央区日本橋室町3-2-15、代表小笠原充氏、従業員数92名)は、3月24日午前9時に再生手続きの廃止が決定し、同時に保全管理命令と包括的禁止命令が下りていたが、4月21日に破産手続き開始決定を受けた。破産管財人は瀬戸英雄弁護士(千代田区九段北4-1-3、電話03-3239-3031)。当社は、1978年(昭和53年)12月に設立された事業者向け貸金業者。主に中小企業向け保証人付ローンを手がけ、商業手形割引や不動産担保ローン、不動産業者向け融資なども展開。業界最大手に位置付けられていた。89年8月に店頭公開(現ジャスダック市場)、1997年10月に東証2部へ上場し、99年7月には東証1部へ昇格。2002年11月には商号を(株)商工ファンドから現商号へ変更した。2007年7月期には年収入高約709億1000万円を計上。最終損益でも約146億700万円の黒字を確保していた。しかし、2006年12月に貸金業法が改正されたことで事業環境が急変。46都道府県での販売子会社設立や不動産担保金融専門会社の設立など事業再構築を図っていたが、サブプライム・ローン問題が発生した昨夏以降、貸付先に占める割合の大きかった不動産、金融・保険、建設などの業況が急速に悪化した。2008年7月期の年収入高は約839億8900万円を確保したものの、収益面では大幅な減益決算を余儀なくされていた。主要取引行6行とは1500億円のコミットメントラインを締結していたものの、その大半がリーマン・ブラザーズ証券(2008年9月16日民事再生、負債3兆4314億円)など外資系金融機関であり、当社に対する融資姿勢は厳しいものとなっていた。株式市場の極度の低迷によって、公募増資や保有株式の売却による資金調達も難航。調達手段が狭められる一方、直近では一部顧客に元利金一括返済を要求する強引な回収手法がマスコミ報道で問題視されたことなどで風評も悪化。2月20日に大島氏が代表を辞任して小笠原氏が代表取締役社長に就任。2月23日に、負債約3380億4000万円を抱え、民事再生法の適用を申請していたが、債権の二重譲渡の疑いが浮上するなど債権者の協力が得られそうにないことから、今回の措置となっていた。なお、3月24日に上場廃止となっている。


2009年02月16日

小杉産業(株)

市場東2
コード8146
発行株数174,034,771
単位株数1000
倒産時株価7
廃止時株価1
倒産日09.02.16
廃止日

メモ/記事引用
「東京」『ゴールデンベア』ブランドで知られる、東証2部上場の小杉産業(株)(資本金64億3642万7919円、中央区築地6-19-20、代表河野光輝氏、従業員254名)は、2月16日に東京地裁へ自己破産を申請、同日、破産手続き開始決定を受けた。申請代理人は宮川勝之弁護士(千代田区丸の内3-3-1、電話03-3213-1081)ほか3名。破産管財人は永沢徹弁護士(中央区日本橋3-3-4、電話03-3273-1800)。当社は、1883年(明治16年)3月創業、1943年(昭和18年)3月に法人改組したアパレル販売会社。メンズ『ゴールデンベア』、レディース『マリサ・クリスティーナ』を中核ブランドにカジュアルウェア、スポーツウェアを主体としたアイテムを展開、86年1月期には年売上高約814億円を計上していた。その後はバブル経済崩壊後の個人消費の低迷などから2002年1月期以降赤字が続き、2005年1月期より再建計画を実施していたものの業績回復につながらず、同期の年売上高は約243億3000万円にとどまり、約79億3900万円の経常損失を計上。同年3月にはジェイ・ブリッジ(株)(東証2部)をメインスポンサーとした新再生3ヵ年計画を策定し再建に乗り出していた。その後、2007年4月にはジェイ・ブリッジ(株)が所有する株式をレゾンキャピタルパートナーズ(株)系のレゾン投資事業有限責任組合が取得。以降は、仕入先の集約によるコスト圧縮などを図るほか「中期経営計画」を策定、黒字化を目指し立て直しに努めていた。しかし2008年1月期は年売上高約176億5200万円にとどまり、経常損失は約26億300万円、最終損失は約55億7300万円となっていた。本業面での赤字が続くなか、昨秋以降は金融環境も厳しさを増し資金繰りは多忙化。支援スポンサーを見つけるべく努めてきたが結実せず、今回の措置となった。負債は約97億9300万円。


2009年02月05日

中道機械(株)

市場札幌
コード8094
発行株数8,369,518
単位株数1000
倒産時株価25
廃止時株価1
倒産日09.02.05
廃止日

メモ/記事引用
「北海道」 中道機械(株)(資本金6億5557万円、札幌市中央区北1条東3-3、代表鍬田信知氏ほか1名、従業員139名)は、2月5日に札幌地裁へ民事再生法の適用を申請し、同日再生手続き開始決定・監督命令及び調査命令を受けた。申請代理人は橋本昭夫弁護士(札幌市中央区北4条西20-1-28、電話011-631-2300)ほか4名。監督委員は朝倉靖弁護士(札幌市中央区南1条西11-327、電話011-200-3866)。当社は、1945年(昭和20年)10月創業、50年(昭和25年)1月に法人改組した。環境整備施設向け機械・プラントの卸を主体に、油圧ショベル、ホイルローダーなどの建設機械、骨材プラント・排水処理プラントなど建設関連プラント、立体駐車場の設計・製作・販売、建設機械レンタルも手がけ、北海道・東北を地盤としつつ92年10月には東京支社を開設して関東圏にも進出するなど積極的な展開を図り、97年1月期には年売上高約321億100万円を計上していた。しかし、その後は公共工事削減の影響などから業績低迷が続くなか、2005年7月には経営効率化を図るべく関係会社の中道リース(株)との合併をいったん発表したものの、翌月には白紙撤回した。これを受け11拠点の閉鎖や従業員削減などを実施したが、売り上げ減少に歯止めがかからず、2008年1月期の年売上高は約92億2700万円まで落ち込み、約2億2000万円の当期損失計上を余儀なくされていた。こうしたなか、2008年3月には不正経理発覚による対外信用の低下を招き、監理ポストに割り当てられていた。同年10月にはメーンバンクOBの現代表が就任するなど信用回復に努めたものの、業況は改善できず今回の措置となった。負債は2008年12月20日時点で約76億5400万円。


日本綜合地所(株)

市場東1
コード8878
発行株数35,217,873
単位株数100
倒産時株価104
廃止時株価1
倒産日09.02.05
廃止日

メモ/記事引用
「東京」 東証1部上場のマンションデベロッパー、日本綜合地所(株)(資本金141億1975万7196円、港区高輪2-21-46、代表西丸誠氏、従業員362名)は、2月5日に東京地裁へ会社更生法の適用を申請した。申請代理人は澤野正明弁護士(千代田区丸の内2-2-2、電話03-6212-5500)ほか。監督委員兼調査委員は多比羅誠弁護士(中央区銀座8-9-11、電話03-3573-1578)。当社は、1993年(平成5年)2月に日本綜合地所(株)として設立した会社を、98年(平成10年)6月に、88年(昭和53年)7月設立の休眠会社が吸収する形で新たに設立したマンションデベロッパー。99年11月に店頭登録し、2001年12月に東証2部、2003年3月に東証1部に指定替えした。主にファミリー層をターゲットとしたヨーロピアンテイストの新築マンション「ヴェレーナ」シリーズ(2007年に「グランシティ」「レイディアントシティ」などの自社ブランドを統一)の分譲を手がけ、積極的なテレビCMなど広告宣伝が奏功したほか、企画力、営業力にも定評があり、好調な販売実績を積み重ねていた。近年では、一戸建て分譲・不動産仲介会社を設立したほか、マンション管理部門を分社化、広告会社を買収するなどグループの強化にも注力。2007年にはマンション供給戸数(年間)が首都圏では2位、全国では6位にランクされ((株)不動産経済研究所調べ)、2008年3月期にはピークとなる年売上高約973億9100万円(単体)を計上していた。しかし、この間の資材価格の高騰、建築基準法改正、サブプライムローン問題などに起因する急速な不動産市況の悪化により、販売状況が鈍化。商品不動産の固定化が懸念されていたほか、主に販売用マンション取得・建築や賃貸用不動産取得にともなう借入金、社債など有利子負債が重荷となっていた。販売を強化して在庫の圧縮を推進していたが、経営環境のより一層の悪化により、株価、格付けも低下したことで対外的な信用も低下していた。11月上旬には社債償還が注目されたが、主力行を含む複数行から資金調達を行いしのいでいた。しかし、拡大路線を基調とした中期経営計画の見直しは避けられず、同時に計画の下方修正を発表。採用内定者の取り消しを行わざるを得ない事態となり、社会的な話題にもなっていた。今年2月3日には、市況の急速な悪化を棚卸資産の評価に反映した結果、今期は約308億円の大幅な最終赤字になることを発表。建築代金の支払いも困難となり今回の措置となった。負債は約1975億4900万円。なお今年に入ってからの上場企業の倒産は、中道機械(株)(負債76億5400万円、札証、北海道、2月民事再生法)に次いで6社目。負債額は、(株)クリード(負債650億8100万円、東証1部、東京、1月会社更生法)を抜いて今年最大の倒産となる。また関係会社で分譲マンションの開発販売を手がける、日綜不動産(株)(資本金4億9400万円、大阪市中央区本町4-1-7、代表市森賢治氏)と戸建分譲の日綜ハウジング(株)(資本金1億円、港区高輪2-21-46、代表木下康氏)も、同日同地裁へ会社更生法の適用を申請した。負債は日綜不動産(株)が約122億8400万円、日綜ハウジング(株)が約43億9000万円で3社合計で約2142億2300万円。


2009年01月30日

(株)サイバーファーム

市場ヘラクレス
コード2377
発行株数68,201
単位株数1
倒産時株価6700
廃止時株価46
倒産日09.01.30
廃止日

メモ/記事引用
「沖縄」 大証ヘラクレス上場の(株)サイバーファーム(資本金30億5176万5000円、那覇市西2-19-1、代表半田貞治郎氏、従業員47名)は、1月30日に那覇地裁へ自己破産を申請し、同日、破産手続き開始決定を受けた。申請代理人は平良卓也弁護士(那覇市久茂地1-7-1、電話098-941-0715)ほか5名。破産管財人は当山尚幸弁護士(那覇市松尾2-16-52、問い合わせ窓口098-869-9000)が選任されている。当社は、2000年(平成12年)3月に設立したビジネスソリューションサービス会社。発足当時はデータセンターを主力業務としていたが、物流支援システムの開発や支援サービスに事業を拡大。2003年(平成15年)11月に大証ヘラクレスに上場を果たして、2005年12月期の年売上高は過去最高の約118億8500万円を計上していた。その後も流通強化のため、東京、大阪ほか6カ所に拠点を構え、さらに各種情報サービス事業を行うグループやコンサルティング業者、ソフト開発業者らとのタイアップにより、ソリューションビジネス提供の幅を広げていた。しかし、2007年1月に民事再生法を申請した(株)アイ・エックス・アイ(大阪市)による架空循環取引に当社が巻き込まれたことに伴い証券取引等監視委員会の調査を受け、半期報告書の訂正などで信用が失墜したこともあって2007年12月期の年売上高は約27億8100万円に落ち込み、約40億1300万円の当期損失を計上していた。さらに2008年4月には、有価証券報告書を法定提出期限までに提出できず大阪証券取引所に監理ポストに割り当てられたうえ、減収により金融費用が負担となって厳しい運営が続いた。打開策として中国企業とのバイオ燃料関連事業に関する提携を進めていたが、信用低下による業績回復が困難なことから今回の措置となった。負債は2008年11月30日時点で79億円。