2009年11月02日

(株)ロプロ

市場東1、大1
コード8577
発行株数114,107,446
単位株数100
倒産時株価24
廃止時株価1
倒産日
廃止日09.11.02

メモ/記事引用
「大阪」 (株)ロプロ(資本金351億9596万297円、大阪市淀川区宮原1-6-1、代表家田孝氏、従業員122名)は、11月2日に東京地裁へ会社更生法の適用を申請し、同日、同地裁より保全命令、強制執行等に係る包括的禁止命令、監督命令、調査命令を受けた。申請代理人は、小原正敏弁護士(大阪市北区堂島浜1-4-16、電話(本社コールセンター:0120-626-070))ほか。監督委員兼調査委員は内田実弁護士(東京都港区虎ノ門1-16-4、電話03-3502-6294)。当社は、1960年(昭和35年)10月に商業手形割引業を創業、70年(昭和45年)3月に(株)日栄の商号で法人改組し、2002年11月に現商号となった。創業以来、京都市内で数度の移転を経て2009年1月現所に移転、この間の90年11月に株式を店頭登録、その後、93年12月に大証2部・京証、95年3月に東証2部に株式を上場、96年9月には東証・大証1部に指定替えしていた。中小企業や個人事業主を対象に手形担保による融資及び商業手形割引を手掛け、テレビ・ラジオ・新聞広告で知名度アップを図り、最盛期には全国に120カ所に事業所を展開、99年3月期には年収入高約1044億2900万円を計上していた。しかし、99年から2000年頃にかけて、過剰融資や強引な取り立て、連帯根保証契約等から商工ローンが社会問題化。当社及び連結子会社(当時)日本信用保証(株)による債権取立行為にかかる不祥事件等の影響を受けると同時に、当時、業界トップだった当社代表の松田一男氏(当時)らが、参議院の財政・金融委員会に参考人として招致され、取り立てなどの営業実態などについて問いただされる事態に発展。融資残高は大幅に減少し、2001年3月期は約494億9800万円、2004年3月期には約175億1200万円と年収入高が大幅にダウンしていた。さらに、2006年12月に成立した「貸金業の規制等に関する法律等の一部を改正する法律」により、貸金業に対する一層の規制強化が図られ、金融機関の与信が著しく低下。2008年3月期の年収入高は約146億4100万円にとどまり、約275億1600万円の経常損失、約290億9500万円の当期純損失計上を余儀なくされ、2007年3月期決算以降は、継続企業の前提を注記、2008年3月期にはシンジケートローンの財務制限条項に抵触していた。その後、いわゆるサブプライム・ローン問題の余波等により、顧客である中小零細企業者に対する貸付金の貸倒れの増加により財務内容が一段と悪化し、資金調達手段がより制限されるという悪循環に陥っていた。このため店舗の統廃合や希望退職者の募集による人員削減等のリストラ策を推し進め、創業者一族の退陣により経営体制を刷新し、再建に努めてきたが、利息収入等の収益減少、新規資金調達難が続くなか、過払金返還による資金流出は高止まりで推移していたため資金収支は悪化の一途を辿っていた。こうしたなか、今年3月10日、利息制限法の上限を超える金利の返還を求められた訴訟で和解したにもかかわらず期限までに和解金を支払わなかったとして、大阪地裁が大阪支店で強制執行を実行し、現金ほかを差し押さえる事態となっていたほか、2009年3月期の年収入高は約45億5300万円にダウン。自主再建を断念、今回の措置となった。負債は、2009年6月30日現在の貸借対照表で218億8100万円であるが、会社更生手続において、今後増加する可能性がある。


2009年10月08日

株式会社ゼンテック・テクノロジー・ジャパン

市場ヘラクレス
コード4296
発行株数140,820
単位株数1
倒産時株価廃止後倒産
廃止時株価350
倒産日
廃止日09.10.08

メモ/記事引用
「東京」 元・大証ヘラクレス上場の(株)ゼンテック・テクノロジー・ジャパン(資本金64億661万5953円、千代田区内神田2-1-2、代表仲西隆策氏、従業員34名)は、10月2日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請した。申請代理人は住田昌弘弁護士(千代田区内神田1-8-1、電話03-5280-5033)ほか4名。当社は、1997年(平成9年)に米国シリコンバレーで設立されたゼンテック・テクノロジー・インク(現在は連結子会社)を母体に、2000年(平成12年)2月に設立された。通信・ネットワーク関連ソフトウエアなどの開発業者として、デジタル家電事業では家電メーカー向け薄型デジタルテレビ用のデジタル放送受信ソフトウエアや薄型デジタルテレビのOEM(相手先ブランド)販売を主体に、モバイル関連事業では携帯電話キャリア向けにソフトウエアの検証テスト業務を受託。ネットワーク関連事業では、ブロードバンド無線通信システムの販売などを手がけていた。また、国内のソフトウエア開発会社を買収するほか米国、シンガポールにも子会社を有し、2007年3月期には年売上高約63億6400万円を計上。2001年8月には大証ナスダック・ジャパン(現・ヘラクレス)へ上場を果たしていた。しかし、国内外の企業への積極的な投資やハードウエア事業への進出の失敗に加えて、過去の不適切な会計処理が表面化、2008年3月期は約71億600万円と過去最高の年売上高を計上したものの、当期赤字に転落。薄型デジタルテレビ販売から撤退した2009年3月期の年売上高は約11億800万円に落ち込んだうえ、約99億400万円の当期赤字を計上して債務超過となり、今年9月1日付で上場廃止になっていた。負債は8月31日現在で約101億6301万円。なお、今後はスポンサー候補として(株)システムファクト(札幌市)が支援、事業譲渡を行う予定。 


2009年09月01日

シルバーオックス(株)

市場東1、大1
コード8024
発行株数22,700,000
単位株数1000
倒産時株価64
廃止時株価1
倒産日
廃止日09.09.01

メモ/記事引用
「大阪」 東・大証1部に上場するシルバーオックス(株)(資本金26億3500万円、大阪市北区堂島浜2-1-9、代表西崎保孝氏、従業員135名)は、9月1日に大阪地裁へ自己破産を申請し、同日破産手続き開始決定を受けた。申請代理人は若杉洋一弁護士(大阪市北区堂島1-1-5、電話06-6341-0461)ほか6名。破産管財人は石井教文弁護士(大阪市中央区高麗橋4-4-9、電話06-6208-8771)。当社は、1948年(昭和23年)8月に内外衣料製品(株)として大阪市内で設立。63年8月に大証2部へ上場を果たした業歴61年を有する老舗の肌着・下着メーカーで、2000年3月に東証・大証1部へ指定替えとなった後、2001年7月に現商号へ変更した。「シルバーオックス」の商標で紳士、婦人、子供向け肌着・下着の製造を長年手掛け、全国の有名百貨店や専門店などに販路を構築するなど、同分野では全国的な知名度を獲得。「SILVER OX」「良品生活」「ヒップ自慢」といったオリジナルブランドに加え、海外ブランドとの提携商品も展開する一方、ナイトウエアやユニホーム、アウター類にまで取扱い製品を拡大するなど総合アパレルメーカーの性格を強め、ピーク時の2000年3月期には年売上高約450億9100万円を計上していた。90年以降は、韓国や香港、シンガポールなど海外に関連法人を設立するほか、関東に大規模な商品センターを開設するなどの積極展開を続けたが、その後は新興企業の台頭や低価格製品の流入などの影響で、売上高はジリ貧で推移。2008年3月期には年売上高が約171億1600万円にまで落ち込んだほか、関係会社の株式評価損などで4期連続となる約24億円の最終赤字におわり、収益の悪化も続いた。この間、関係会社約20社の清算や社有不動産の相次ぐ売却、人員削減や在庫圧縮などの合理化策を進めてきたが、取引先からの信用は徐々に失墜。2009年3月期の業績は年売上高約134億3500万円に対し、約8200万円の当期利益にとどまるなどその後も業況は回復せず、従業員の給与払いにも窮する事態に陥り、7月15日に1回目の不渡りが発生したことを公表していた。以降、連結子会社である(株)イン・アウトの売却に加え、物流事業を手がける国内外4社の売却交渉について佐川急便(株)を中核としたSGホールディングス(株)と進めてきたが、これら譲渡代金の取得が手元の資金繰りに間に合わないことから、今回の措置を選択した。負債は9月1日現在で約57億円。


2009年06月12日

春日電機(株)

市場東2
コード6650
発行株数37,249,688
単位株数100
倒産時株価廃止後倒産
廃止時株価3
倒産日
廃止日09.06.12

メモ/記事引用
「東京」 春日電機(株)(資本金22億3211万9330円、三鷹市下連雀6-1-33、代表佐藤將氏、従業員167名)は、6月12日に東京地裁へ会社更生法の適用を申請した。申請代理人は丸山健弁護士(港区虎ノ門1-1-21、電話03-5157-3931)。保全管理人は平出晋一弁護士(中央区京橋2-3-3、電話03-3517-7007)。当社は、1945年(昭和20年)3月設立。電磁開閉器およびコントロールユニットや電子機器のメーカーとして、長野県辰野町に工場を設置するほか、全国に営業所を展開し国内メーカー約1000社へ納入。東南アジア・欧州などへの輸出も行い、73年7月には東証2部へ上場を果たし、ピーク時の92年3月期の年売上高は約106億9900万円を計上していた。しかし、バブル崩壊後は設備投資抑制などの影響から業績悪化を余儀なくされ、近時は業界内における企業間競争が激化したことに伴う価格低下から厳しい経営を強いられ、2003年3月期の年売上高は約55億8400万円に低迷していた。このため、生産拠点の移転や外注費・労務費などの原価管理による収益確保を目指す一方、一時期、(株)バナーズ(東証2部上場)との株式持ち合いを行い、持分法適用関連会社となっていたが、2007年には持分法適用関連会社から外れていた。また、退職金制度移行に伴う損失、原材料価格高騰による原価上昇から収益性は悪化、2008年3月期の年売上高は約60億7200万円にとどまり、2期連続の経常損失を計上していた。このため、近年の業績低迷の責任を取る形で創業一族が経営から退き、(株)アインテスラ(東京都中央区)の篠原猛氏が2008年6月に当社の代表に就任していたが、アインテスラに対する貸付金が回収不能の事態となっていたうえ、架空取引の存在が発覚するなど経営混乱が表面化。これらの責任を取る形で篠原氏は代表を辞任、現代表に交代していた。この間の2008年11月末には2009年3月期決算第2四半期報告書の提出が遅延していたが、こうした不明瞭な動きが発生していたことで今年1月には整理銘柄となり、2月21日には上場廃止となっていた。


2009年06月05日

(株)アプレシオ

市場名セ
コード2460
発行株数36,077
単位株数1
倒産時株価8800
廃止時株価620
倒産日
廃止日09.06.05

メモ/記事引用
「東京」 複合カフェ大手の(株)アプレシオ(資本金9億6582万9000円、港区芝浦2-13-8、代表久國清直氏、従業員数82名)は、6月5日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請した。申請代理人は行方國雄弁護士(港区六本木6-10-1、電話03-6438-5511)など9名。監督委員には、三森仁弁護士(千代田区丸の内2-1-1、電話03-5219-2258)が選任されている。当社は、2000年(平成12年)1月に(株)アイエルワイコーポレーションの商号で設立されたインターネットなどの複合カフェ業者。全国に複合カフェ「アプレシオ」と同「ILOVE遊」を展開し、2005年8月に現商号となった。同年11月には名証セントレックスに上場し、2007年9月期の年収入高は約34億2200万円を計上していた。しかし、女性客の取り込みなどを目的とした岩盤浴施設やマッサージ機器など過剰な設備投資により、営業キャッシュフローはマイナスが続き、2007年3月中間期には継続企業の前提に関する重要な疑義(ゴーイングコンサーン)が付されていた。このため、2007年11月に第三者割当を実施する一方、軽井沢店など不採算店舗の閉鎖などのリストラを進め、2008年9月期は直営・フランチャイズ店合計89店を擁しながら年収入高は約29億4500万円に低迷し、3期連続欠損となっていた。2008年9月の第三者割当増資により、大手コーヒーチェーンや映像ソフト販売、映像配信、アミューズメント業者から約3億3200万円の出資を得ながらも債務超過を脱することが出来ず、今年5月29日には、第2四半期報告書の提出が遅れるとして、監理ポストに割り当てられていた。


2009年06月03日

(株)セタ

市場ジャスダック
コード4670
発行株数
単位株数
倒産時株価
廃止時株価
倒産日
廃止日09.06.03

メモ/記事引用
「東京」 (株)セタ(資本金24億9505万円、江東区有明3-1-25、代表清算人若槻哲太郎氏)は、5月25日に東京地裁より特別清算開始決定を受けた。当社は(株)加根正の商号で1966年(昭和41年)11月設立。95年(平成7年)6月にマイクロコンピュータ応用機器メーカーのコンピュータゲーム部門の一部を分離し82年(昭和57年)8月設立された旧:(株)セタを、株式公開を目的とした資本整備のために合併し営業を開始。97年5月に店頭(現:ジャスダック)上場を果たした。パチンコ・パチスロ機向け「多機能セタICカードシステム」、同周辺機器(貯玉会員システム・ホールコンピュータ)の開発・製造・販売、およびロイヤリティ収入を得る遊技機関連事業を主業としていたほか、従業として通信対戦将棋システムのリースなども手がけていた。99年2月にはアルゼ(株)(ジャスダック上場、遊技機製造・販売)に対し第三者割当を実施、同社の傘下に入ったことで、販売力を高め、300店舗ほどのパチンコホールを得意先として、2006年3月期には年売上高約26億2100万円を計上していた。しかし、2007年3月期の売り上げ処理について元代表取締役と元専務取締役が積極的に関与し、本来計上するべきでない売上高約8億円を計上するという不適切な決算処理を行っていたことが判明。当社の信用力を保つべく、アルゼは当社を完全子会社化すると発表した。その後、アルゼの完全子会社化までは至らなかったものの同社の持株比率が高まり、2008年1月期にはジャスダック証券取引所への上場を廃止した。こうしたなか、大手パチンコホールチェーンの倒産をはじめとして、業績不振から中小規模のホールの倒産・廃業が相次ぐなど、得意先を取り巻く環境が悪化するなかで、当社の売り上げは回復せず、結果として債務超過が見込まれる状態であることから独自での事業継続は困難と判断。アルゼマーケティングジャパン(株)(2009年6月1日付でアルゼに合併)にパチンコ周辺機器事業を引き継ぎ、当社は2009年2月9日の株主総会の決議により、解散していた。負債は2008年3月期末時点で約31億8700万円であるが、大幅に変動している可能性がある。なお、アルゼ(株)によれば、当社の清算手続きに透明性を持たせることが特別清算手続き申請の目的であり、同手続きがアルゼ(株)に与える影響は軽微であるとしている。 


2009年05月29日

(株)ジョイント・コーポレーション

市場東1
コード8874
発行株数72,247,700
単位株数100
倒産時株価213
廃止時株価1
倒産日09.05.29
廃止日

メモ/記事引用
「東京」 東証1部上場の新興マンションデベロッパー、(株)ジョイント・コーポレーション(資本金208億3404万8050円、東京都目黒区目黒2-10-11、代表東海林義信氏、従業員160名)と、(株)ジョイント・レジデンシャル不動産(資本金30億円、同所、代表川島勝文氏、従業員166名)は、5月29日に東京地裁へ会社更生法の適用を申請した。申請代理人は松嶋英機弁護士(港区赤坂1-12-32、電話03-5562-8500)ほか14名。保全管理人は、新保克芳弁護士(中央区日本橋3-3-9、電話03-3242-1781)が選任されている。(株)ジョイント・コーポレーションは、1973年(昭和48年)3月に(株)大として設立され、97年4月に旧・(株)ジョイント・コーポレーション(昭和61年9月設立)と合併し、現商号となった。90年代半ばから販売を拡大し、98年に株式を店頭公開。99年に東証2部へ、2001年には東証1部へ上場を果たした。マンション分譲と不動産流動化事業を手がけ、分譲事業については首都圏を中心にブランド名「アデニウム」シリーズを展開、流動化事業では賃貸マンション、商業施設、オフィスなどを手がけるほか、グループとして不動産の企画・開発のほか、中古物件のバリューアップ、ファンドや投資家への売却も行っていた。2000年以降は、米投資ファンドと不動産投資信託向けの賃貸マンション供給で合意するほか、外資系証券会社と不動産投資ファンドを設立することで合意するなど業容を拡大、2001年には(株)エルカクエイ(2000年2月会社更生法、現(株)ジョイント・レジデンシャル不動産)の株式を取得して子会社し、2003年3月期の年売上高は約617億4200万円を計上していた。その後もマンションブームに乗りマンション供給が高水準で推移、近年は都心部での土地仕入れは厳しさを増していたものの千葉、埼玉での事業展開を増やし、2008年3月期の年売上高は約997億900万円にまで達していた。しかし、用地取得に伴う有利子負債が膨らんでいたうえ、2007年後半からはサブプライムローン問題による資金の停滞、資材価格上昇によるマンション価格の高騰、不動産販売市況の悪化など事業環境は厳しさを増し、2008年9月にはオリックスグループから100億円の出資と200億円の融資枠の設定契約も受ける一方、リストラに取り組んでいたが、2009年3月期の年売上高は約704億9400万円にまで低下し約552億5100万円の欠損を計上、今回の措置となった。負債は、(株)ジョイント・コーポレーションが約1476億円、(株)ジョイント・レジデンシャル不動産が約204億円。2社合計で約1680億円。


2009年04月24日

(株)ライフステージ

市場ヘラクレス
コード8991
発行株数17,880
単位株数1
倒産時株価4380
廃止時株価630
倒産日09.04.24
廃止日

メモ/記事引用
「大阪・群馬」 (株)ライフステージ(資本金5億1546万1376円、大阪府大阪市淀川区西中島5-5-15、代表大塚満氏、従業員165名)と関連会社で不動産賃貸の(株)スーパードーム群馬(資本金4030万円、群馬県高崎市福島町794-12、代表大江棟春氏、従業員4名)の2社は、4月30日に大阪地裁へ民事再生法の適用を申請し、同日保全命令を受けた。申請代理人は綾克己弁護士(東京都千代田区麹町3-5-1、電話03-3222-7850)ほか5名。監督委員には村辻義信弁護士(大阪府大阪市北区堂島1-1-5、電話06-6343-3343)が選任されている。当社は1990年(平成2年)12月の設立。分譲マンションを専門とする不動産販売代理業者として、大手デベロッパーや商社系開発業者による開発物件の販売仲介を主体に手がけて順調に業績を伸ばし、業界での地位を確立していた。地元関西に加え、東京や福岡に営業拠点を開設して営業エリアを拡げるほか、子会社やSPCを通じて不動産の流動化や売買、開発事業にも進出し、2006年7月には大証ヘラクレスへ上場を果たし、2008年6月期の年収入高は約54億7200万円を計上していた。しかし、サブプライムローン問題の発生などにより不動産市場が急速に減速。大型物件需要の停滞に加え、一般消費者の住宅購買意欲も後退、有利子負債が100億円超に達し金融機関の融資姿勢も厳しくなっていった。このため、大型物件の開発や購入を見合わせる一方、神戸市の大型開発に経営資源を集中させることで立て直しを図ったが、資金調達が困難となったことから昨年7月実質的に工事がストップ。単独での工事継続を断念し、以降大手との共同事業に切り替えを目指してきたが、今年の4月以降の金融機関に対するリスケ要請の合意のメドが立たず、5月15日には上場廃止が決定的になったことから、先行き見通し難に陥り、今回の措置を選択した。負債は(株)ライフステージが約113億7800万円、(株)スーパードーム群馬が約7億8700万円で、2社合計では約121億6500万円。


(株)中央コーポレーション

市場東2・名2
コード3207
発行株数27,144,001
単位株数1000
倒産時株価26
廃止時株価1
倒産日09.04.24
廃止日

メモ/記事引用
「愛知」 (株)中央コーポレーション(資本金33億6176万5789円、名古屋市中区栄2-5-1、代表植野晃年氏、従業員87名)は4月24日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請し、保全命令、監督命令を受けた。申請代理人は佐藤りえ子弁護士(東京都千代田区丸の内3-2-3、電話03-3214-4731)ほか。監督委員は岡正晶弁護士(東京都千代田区丸の内2-4-1、電話03-3212-1451)。当社は、1942年(昭和17年)4月に設立。当初は繊維商社として事業展開していたが、長引く繊維不況の影響から随時不動産賃貸業へ事業転換を進め、近時は分譲マンション、投資用マンション、賃貸用オフィスビル、商業施設などの開発・販売、不動産活用などの仲介事業を主体に、ショッピングセンター「津サティ」ほか商業ビルや工場賃貸を行う不動産賃貸、繊維製品卸などを手がけ、2008年5月期は年売上高約390億1100万円をあげていた。しかし、開発用不動産の取得などで借入金が年商を上回り金利負担が重くなっていたうえ、アメリカのサブプライムローン問題の発生による不動産市況の冷え込みなどから、不動産開発部門の収益が低迷し資金繰りが悪化。支払いの遅延も発生するなど苦しい経営が続いていた。2009年に入ってからは、プロジェクトの見直しや役員報酬の減額、不採算の事業からの撤退などの経営改善計画を発表して再建を図っていたが、業績は回復せず、2月には株式の時価総額が6億円未満となり東証の上場廃止基準に抵触したほか、4月14日には2009年5月期の第3四半期報告書が法定提出期限に提出できなくなったことを発表するなど動向が注目されていた。負債は約340億円。


2009年04月09日

旭ホームズ(株)

市場ジャスダック
コード1913
発行株数30,148,000
単位株数1000
倒産時株価廃止後倒産
廃止時株価1
倒産日09.04.09
廃止日

メモ/記事引用
「東京」 旭ホームズ(株)(資本金8億6734万円、多摩市関戸2-24-27、代表坂谷賢一氏、従業員26名)は、4月8日に東京地裁へ自己破産を申請した。申請代理人は澤田政道弁護士(千代田区麹町1-8-1、電話03-5212-3933)ほか5名。当社は、1974年(昭和49年)6月に設立。東京西部、松戸市・柏市を主要エリアに注文住宅、鉄筋コンクリート住宅、リフォーム工事を行う建築工事部門を中心に、不動産仲介、不動産賃貸も手がけ、89年11月に店頭市場(現・ジャスダック)へ株式登録を行うなど順調に業績を伸ばし、91年3月期には年売上高約151億400万円を計上していた。バブル崩壊後は市況低迷によって業績が悪化していたうえ、在庫物件の多くが不良資産化し資金が固定化。このため、従業員削減や96年に取引先などへ第三者割当増資を行い、2001年には当時親会社より役員が派遣されるなど再建策を実施していた。こうしたなか、2006年9月にセボン(株)(未上場、建売分譲、新宿区)が株式公開買付(TOB)を実施して当社を子会社化したことで、以降はセボンのもとで経営再建を目指し、同社の施工請負のほか、建売分譲など不動産事業へのシフトを図っていた。しかし、近時は改正建築基準法の影響やサブプライムローン問題を背景とする金融環境の悪化、競合や消費低迷などもあり、2008年3月期の年売上高は約33億6800万円にダウンし、同期末時点でセボンより7億円の借り入れを行うなど資金面では親会社に依存した経営体質となっていた。こうしたなか、セボンが本業不振や貸付金の固定化などによって、2008年8月に民事再生法の適用を申請、当社を取り巻く環境も急速に悪化した。同社とのその後の取引についても見直しを迫られたことで今期の業績も大幅減収、赤字転落が避けられない状況となり、自主再建を断念した。なお、2009年3月期の第2四半期において、公認会計士等が結論不表明とし、かつ、その影響が重大であるとして、2008年12月27日に整理ポスト入りし、その後、1月27日に上場廃止となっていた。負債は2008年9月末時点で約10億8800万円。