2012年08月10日

シコー(株)

市場マザーズ
コード6667
発行株数77,475
単位株数1
倒産時株価29890
廃止時株価270
倒産日
廃止日12.08.10

メモ/記事引用
「神奈川」 シコー(株)(資本金33億5102万633円、大和市中央林間西3-9-6、代表白木学氏、従業員59名)は、8月10日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請し、同日保全命令を受けた。申請代理人は綾克己弁護士(東京都千代田区内幸町1-2-2、電話03-3596-0260)ほか5名。監督委員には竹村葉子弁護士(東京都新宿区新宿1-8-5、電話03-3356-5251)が選任されている。当社は、1974年(昭和49年)6月に創業、76年(昭和51年)7月に法人改組した各種精密小型モーターの製造販売会社。当社が開発・設計し、製造は中国の子会社が担当している。携帯電話のバイブレーター用の精密小型振動モーターを開発するなど携帯電話向けの受注で業容を拡大、2003年12月期には年売上高約42億2100万円を計上し、翌2004年8月に東証マザーズに上場した。その後は携帯電話カメラのオートフォーカス用リニアモーター用の小型振動モーターで実績を積み上げ、米アップル社のスマートフォン「iPhone」に採用されたことで、2010年12月期には過去最高の年売上高約137億8300万円を計上していた。しかし、2007年から始めた為替デリバティブがその後の円高進行で評価損が発生、断続的な赤字決算の要因となっていた。2012年12月期の第1四半期決算は販売単価の下落に加え、原料費や中国の人件費の上昇で、売上原価が売上高を上回る売上総損失を計上。「継続企業の前提に関する注記」(ゴーイングコンサーン)がなされたことで、金融機関と締結しているシンジケート・ローンの財務制限条項に抵触し、資金調達環境は厳しさを増していた。資金繰りが悪化するなか、今年6月以降取引先金融機関との間で再生の方針について協議する一方で、スポンサー選定を進めてきたが本日付でミネベア(株)(東証1部)との間でスポンサー契約を締結、同社支援のもと再建を目指すこととなった。負債は2012年7月末時点で約85億945万1823円。


2012年07月31日

クレスト・インベストメンツ(株)

市場ジャスダック
コード2318
発行株数8,415,456
単位株数1
倒産時株価14
廃止時株価1
倒産日
廃止日12.07.31

メモ/記事引用
「大阪」 クレスト・インベストメンツ(株)(資本金64億855万7049円、大阪市北区神山町1-3、代表鈴木伸治氏、従業員11名)は、7月31日東京地裁に民事再生法の適用を申請した。申請代理人は、五島洋弁護士(大阪市北区西天満4-3-25、電話06-6361-7141)ほか。監督委員には、大貫裕仁弁護士(東京都港区赤坂1-12-32、電話03-5562-8500)が選任されている。当社は、2000年(平成12年)3月、製菓・製パン業界を対象にインターネットでの各種商品販売や情報提供を目的にビービーネット(株)の商号で設立し、2009年3月に中小企業投資機構(株)に、2010年11月現商号に変更。食材流通事業として、製菓・製パン小売店、外食店などを営む中小規模専門店に対してショップサポート推進のために、業界ごとの「繁盛ネット」を介した食材・原材料のオンライン通販を手掛け、2002年9月には設立わずか2年半で株式を上場。以降、数多くの新規事業に進出する一方で、M&Aにより企業規模を拡大、単体では2005年7月期に約45億2400万円、連結では2006年7月期に約199億1600万円の収入高を計上していた。しかし、2008年7月期に、投資有価証券評価損約14億4800万円など大幅な特別損失計上するなど、連結決算では2005年7月期から2008年7月期まで4期連続大幅最終赤字を計上。会社存続が危ぶまれる状況に陥っていた。このため、2008年10月に経営体制を刷新し、中小企業信用機構(株)を中心とする「中小企業振興ネットワーク」に加入。日本振興銀行からの資金支援を受けて、同ネットワークにおける事業シナジーを活かした融資保証事業およびM&A関連事業を開始するほか、不採算事業の整理なども行い2010年7月期には連結営業黒字を確保するなど業績改善の兆しが見えつつあった。しかし、資金支援を得ていた日本振興銀行が2010年5月に金融庁より一部業務停止命令を受けた後、同銀行は同年9月に民事再生法を申請。メーンバンク破綻により当社も大幅な事業の縮小を余儀なくされ、2011年7月期の連結最終赤字は約15億3400万円と大幅に悪化し連結債務超過に転落。2011年10月にはJASDAQ市場において上場廃止基準にかかる猶予期間銘柄に指定されたほか、日本振興銀行からの借入金が整理回収機構に譲渡され、経営面での先行き不透明感に拍車がかかっていた。昨年11月からは、再建に向けてスポンサー候補の選定を進めてきたがこれも暗礁に乗り上げ、その後も外部資本調達や債務圧縮の努力を続けてきたものの奏功せず、民事再生手続きによる再建を目指すこととなった。負債は31億9000万円。

 12.11.19続報
 「大阪」 7月31日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請していたクレスト・インベストメンツ(株)(資本金64億855万7049円、大阪府大阪市北区神山町1-3、代表鈴木伸治氏)は、11月7日に同地裁より再生手続き廃止決定を受けた。今後、破産手続きへ移行する見通し。保全管理人には、大貫裕仁弁護士(東京都港区赤坂1-12-32、電話03-5562-8500)が選任された。当社は、2000年(平成12年)3月にビービーネット(株)の商号で設立し、2009年3月に中小企業投資機構(株)、2010年11月に現商号へ変更。食材流通事業として、製菓・製パン小売店、外食店などを営む中小規模専門店に対して業界ごとの「繁盛ネット」を介した食材・原材料のオンライン通販を手掛け、2002年9月には設立わずか2年半で株式を上場。以降、多くの新規事業とM&Aにより企業規模を拡大、単体では2005年7月期に約45億2400万円、連結では2006年7月期に約199億1600万円の収入高を計上していた。しかし、2008年7月期に投資有価証券評価損約14億4800万円を計上、連結決算では2005年7月期から2008年同期まで4期連続の最終赤字を計上。会社存続が危ぶまれる状況に陥った。このため、2008年10月に経営体制を刷新し、中小企業信用機構(株)を中心とする「中小企業振興ネットワーク」に加入。日本振興銀行からの資金支援を受けて融資保証事業およびM&A関連事業を開始するほか、不採算事業の整理なども行い、2010年7月期には連結営業黒字を確保していた。しかし、振興銀が2010年5月に金融庁より一部業務停止命令を受けた後、同年9月に民事再生法を申請。当社も大幅な事業の縮小を余儀なくされ、2011年7月期の連結最終赤字は約15億3400万円となり、連結債務超過に転落。2011年10月にはジャスダック市場において上場廃止基準にかかる猶予期間銘柄に指定されたほか、振興銀からの借入金が整理回収機構に譲渡され、外部資本調達や債務圧縮の努力を続けてきたものの奏功しなかった。そのため、7月31日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請していた。しかし、再生手続きを進めるなかで、スポンサーの選定が困難を極めるなど再生計画策定のメドが立たず、事業継続を断念した。負債は約31億9000万円(民事再生法申請時点)。

 12.12.18続報
 「大阪」 7月31日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請し、11月7日に同地裁より再生手続き廃止決定を受けていたクレスト・インベストメンツ(株)(資本金64億855万7049円、大阪市北区神山町1-3、代表鈴木伸治氏)は、12月4日に同地裁より破産手続き開始決定を受けた。破産管財人は、大貫裕仁弁護士(東京都港区赤坂1-12-32、電話03-5562-8500)。債権届出期間は2013年1月8日までで、財産状況報告集会期日は3月6日午後1時30分。当社は、2000年(平成12年)3月、製菓・製パン業界を対象にインターネットでの各種商品販売や情報提供を目的にビービーネット(株)の商号で設立し、2009年3月に中小企業投資機構(株)に、2010年11月現商号に変更。食材流通事業として、製菓・製パン小売店、外食店などを営む中小規模専門店に対してショップサポート推進のために、業界ごとの「繁盛ネット」を介した食材・原材料のオンライン通販を手掛け、2002年9月には設立わずか2年半で株式を上場。以降、数多くの新規事業に進出する一方で、M&Aにより企業規模を拡大、単体では2005年7月期に約45億2400万円、連結では2006年7月期に約199億1600万円の年収入高を計上していた。しかし、2008年7月期に、投資有価証券評価損約14億4800万円を計上するなど、会社存続が危ぶまれる状況に陥った。このため、2008年10月に経営体制を刷新し、中小企業信用機構(株)を中心とする「中小企業振興ネットワーク」に加入。日本振興銀行からの資金支援を受けて、融資保証事業およびM&A関連事業を開始するほか、不採算事業の整理なども行っていた。しかし、資金支援を得ていた日本振興銀行が2010年9月に民事再生法を申請。メーンバンク破綻により当社も大幅な事業の縮小を余儀なくされ、2011年7月期の最終連結赤字は約15億3400万円と大幅に悪化し連結債務超過に転落。2011年10月にはジャスダック市場において上場廃止基準にかかる猶予期間銘柄に指定された(その後、2012年9月1日上場廃止)ほか、日本振興銀行からの借入金が整理回収機構に譲渡され、経営面での先行き不透明感に拍車がかかっていた。その後も外部資本調達や債務圧縮の努力を続けてきたものの奏功せず、民事再生手続きによる再建を目指していたが、再生手続きを進めるなかで、スポンサーの選定が困難を極めるなど再生計画策定のメドが立たず、今回の措置となった。負債は約31億9000万円(民事再生法申請時点)。


2012年07月25日

(株)塩見ホールディングス

市場東2
コード2414
発行株数126,654,401
単位株数100
倒産時株価廃止後倒産
廃止時株価1
倒産日
廃止日12.07.25

メモ/記事引用
「広島」 (株)塩見ホールディングス(資本金30億1742万9790円、広島市東区上大須賀町9-14、代表塩見信孝氏)は、7月18日に東京地裁より破産手続き開始決定を受けた。破産管財人は武井洋一弁護士(東京都港区虎ノ門4-3-1、電話03-5408-6164)。債権届け出期間は8月22日までで、財産状況報告集会期日は11月12日午後1時30分。当社は、2004年(平成16年)9月に建設総合コンサルタントの(株)塩見(1980年設立、当時大証2部)のグループ企業再編を目的として設立された持ち株会社で、同時に大証2部へ上場していた。2005年から2007年頃にかけては積極的なM&Aによって業容を拡大、最盛期のグループ企業数は30社を超え、2008年3月期の年売上高は連結ベースで約369億6500万円に達していた。しかし、不動産バブル崩壊からリーマン・ショックに至る建設・不動産不況のもと、信用不安が表面化、2008年以降は子会社の営業譲渡や株式譲渡が相次ぎ、グループ解体の方向となっていた。経営環境が悪化するなか、スポンサーとなっていた(株)SFCGが2009年2月に民事再生法の適用を申請(その後破産)した影響もあり、資金繰りは一段と悪化。さらには2011年3月期の有価証券報告書の提出時に監査法人へ経営者確認書を提出せず、意見不表明の監査報告書が添付される事態となったことで2011年11月に上場廃止となり、動向が注目されていた。今年5月14日に債権者より破産を申し立てられ、今回の措置となった。負債は債権者約86名に対し約125億1386万円(うち金融債務約107億6396万円)。


2012年06月11日

メルクス(株)

市場グリーンシート
コード7934
発行株数19,785,903
単位株数1000
倒産時株価3
廃止時株価
倒産日
廃止日12.06.11

メモ/記事引用
「長野」 フェニックス銘柄のメルクス(株)(資本金28億9202万3840円、飯田市松川町2211、登記面=東京都墨田区東駒形3-5-10、代表榎田了氏、従業員104名)は、6月11日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請し、同日付で保全・監督命令を受けた。申請代理人は松井勝弁護士(東京都中央区京橋2-5-1、電話03-3562-6480)ほか2名。監督委員には笠井直人弁護士(東京都中央区銀座3-11-18、電話03-3546-2033)が選任されている。当社は、1911年(明治44年)10月に設立。以降、靴用甲革、鞄、袋物用、家具用、自動車シート、ハンドル用の皮革製造を中心に、優遇関税割当を保有し、輸入皮革製品の卸売りを手がけていた。製革業者(タンナー)では、業界の先駆者的存在で、皮革メーカー大手企業として知られ、61年10月には東証2部に上場を果たしていた。92年3月期には年売上高約132億1100万円を計上、その後、2004年には中国子会社を設立して中国市場にも進出していた。しかし、ここ数年は、サブプライム問題を引き金とする為替相場の変動や長引くデフレ経済下での原皮相場の高騰、同業他社との競争激化などに伴い、業績悪化を余儀なくされ、2011年3月期には年売上高約29億円にまで減少、3期連続で最終赤字となっていた。こうしたなか、2011年6月には時価総額が上場廃止基準に抵触し、東証2部からフェニックス銘柄に移行。各種リストラや金融機関への返済猶予、また中国企業との合弁事業も模索したものの、足元の資金繰りに窮し、自力での再建を断念、今回の措置となった。


2012年05月09日

NISグループ(株)

市場東2
コード8571
発行株数481,188,550
単位株数100
倒産時株価4
廃止時株価1
倒産日
廃止日12.05.09

メモ/記事引用
「東京」 NISグループ(株)(資本金282億8937万5826円、港区南麻布3-19-23、登記面=愛媛県松山市千舟町5-7-6、代表原川城治氏)は、5月9日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請し、同日保全命令を受けた。申請代理人は森浩志弁護士(港区赤坂1-12-32、電話03-5562-8500)ほか8名。監督委員は内田実弁護士(港区虎ノ門1-16-4、電話03-3502-6294)が選任されている。当社は、1953年(昭和28年)8月に愛媛県松山市で創業、60年(昭和35年)5月に法人改組した中小事業者向け総合金融業者。72年から消費者ローンの取り扱いを、81年からは商工ローンの取り扱いを開始。営業エリアを全国主要都市に年々拡大し、96年9月には大証2部へ上場を果たしていた。98年4月には本社機能を東京へ移し、同年12月には東証2部へ上場、99年9月には大証、東証ともに1部上場に指定替えを果たし(大証については2002年に上場廃止)、2001年3月期には年収入高約320億2700万円を計上していた。その後も事業者ローン分野での複数企業との提携、さらには関係会社設立による債権回収業務へ進出するなど積極的に事業を展開、2003年3月期の年収入高は約413億8100万円にまで伸長、約49億4500万円の当期純利益を計上していた。また不動産ファイナンス事業部を新設するほか投資事業にも注力し買収や提携策を推し進めた結果、NISグループとして事業者ローン事業を中心に、不動産、リース、証券など幅広い業務分野を手がけ、2006年10月に商号を(株)ニッシンから現商号に変更していた。その後も地銀などとの中小企業融資における保証業務を進めていたが、貸出し上限金利の引き下げや過払利息引当で収益は悪化し、2009年3月期の年収入高は162億4600万円に大きく落ち込み、当期純損失約464億2400万円を計上、借入金にかかる財務制限条項の抵触、いわゆるゴーイングコンサーンの注記が記されるなど財務内容が悪化していた。2009年12月には米国ファンドのTPGグループの出資分の一部が中小企業保証機構グループに譲渡され、続く2010年3月期は営業貸付金の減少、不動産売買の減少もあって年収入高は約86億5900万円に、当期損失17億3300万円を計上。2010年8月にはネオラインホールディングス(株)を引き受け先とする第三者割当を発表し、財務基盤の安定化を目指していた。こうしたなか、日本振興銀行(株)が9月に民事再生法の適用を申請、同行に対する保有株式や長期貸付金の引き当て処理を行ったことで、貸金業法の定める純資産要件を満たさなくなったことから2010年12月31日付で貸金業を廃止。財務内容の悪化により、東証2部に指定替えとなっていた。また、大口債権者との間で、再建策の合意に向けて交渉を進めていたが、合意の見通しが立たず、今回の措置となった。負債は、約508億2300万円(2011年12月31日時点)。

 12.11.14続報
 「東京」 2012年5月17日に東京地裁より民事再生手続き開始決定を受けていた、NISグループ(株)(資本金282億8937万5826円、港区南麻布3-19-23、登記面=愛媛県松山市千舟町5-7-6、代表大谷利興氏)は、11月1日に同地裁より再生手続き廃止決定を受け、同時に保全管理命令を受けていたことが判明した。今後、1ヵ月をメドに破産手続きへ移行する見通し。保全管理人には内田実弁護士(港区虎ノ門1-15-12、電話03-3502-6295)が選任された。当社は、1953年(昭和28年)8月に愛媛県松山市で創業、60年(昭和35年)5月に法人改組した中小事業者向け総合金融業者。72年から消費者ローンの取り扱いを、81年からは商工ローンの取り扱いを開始。営業エリアを全国主要都市に年々拡大し、96年9月には大証2部へ上場を果たしていた。98年4月には本社機能を東京へ移し、同年12月には東証2部へ上場、99年9月には大証、東証ともに1部上場に指定替えを果たし(大証については2002年に上場廃止)、2001年3月期には年収入高約320億2700万円を計上していた。その後も事業者ローン分野での複数企業との提携、さらには関係会社設立による債権回収業務へ進出するなど積極的に事業を展開、2003年3月期の年収入高は約413億8100万円にまで伸長、約49億4500万円の当期純利益を計上していた。また不動産ファイナンス事業部を新設するほか投資事業にも注力し買収や提携策を推し進めた結果、NISグループとして事業者ローン事業を中心に、不動産、リース、証券など幅広い業務分野を手がけ、2006年10月に商号を(株)ニッシンから現商号に変更していた。その後も地銀などとの中小企業融資における保証業務を進めていたが、貸出し上限金利の引き下げや過払利息引当で収益は悪化し、2009年3月期の年収入高は162億4600万円に大きく落ち込み、当期純損失約464億2400万円を計上。借入金にかかる財務制限条項の抵触、ゴーイングコンサーンの注記が記されるなど財務内容が悪化していた。2009年12月には米国ファンドのTPGグループの出資分の一部が中小企業保証機構グループに譲渡され、続く2010年3月期は営業貸付金の減少、不動産売買の減少もあって年収入高は約86億5900万円に、当期損失17億3300万円を計上。2010年8月にはネオラインホールディングス(株)を引き受け先とする第三者割当を発表し、財務基盤の安定化を目指していた。 こうしたなか、日本振興銀行(株)が2010年9月に民事再生法の適用を申請、同行に対する保有株式や長期貸付金の引き当て処理を行ったことで、貸金業法の定める純資産要件を満たさなくなったことから2010年12月31日付で貸金業を廃止。財務内容の悪化により、東証2部に指定替えとなっていた。また、大口債権者との間で、再建策の合意に向けて交渉を進めていたが、合意の見通しが立たず、2012年5月9日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請。その後、再生計画を策定していくなかで、当社が行っていた事業は8月31日に別会社へ譲渡したうえで、当社自体は清算手続きを進めることとなり、今回の事態となった。負債は約508億2300万円(2011年12月31日時点)。


2012年04月02日

山水電気(株)

市場東1
コード6793
発行株数1,362,999,999
単位株数1000
倒産時株価1
廃止時株価1
倒産日
廃止日12.04.02

メモ/記事引用
「東京」 東証1部上場の元・音響、映像機器メーカー、山水電気(株)(資本金53億8215万8621円、渋谷区東2-23-3、代表室越隆氏ほか2名)は、4月2日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請した。申請代理人は、原口薫弁護士(港区赤坂1-9-15、電話03-5114-8568)ほか3名。当社は、1944年(昭和19年)に創業され、47年(昭和22年)6月に法人改組された高級音響機器及び映像機器の専業メーカー。61年12月には東証2部へ、70年3月には東証、大証1部へそれぞれ上場を果たし、84年10月期には年売上高約525億5200万円を計上していた。かつて、高級アンプ「SANSUI」として世界的なブランドを確立。また、世界的なスピーカー、JBL(米)の日本総代理店ともなっていた。しかし、製品開発、生産体制などの立ち後れから、80年頃より経営危機が表面化するようになり、89年10月には英国ポリー・ペック・インターナショナル社の傘下に入り、再建を目指していた。しかし、翌年同社が経営破綻したため、支援会社を模索。その後も、紆余曲折を経て、香港のグランデ・グループと91年9月から関係を結び、2001年11月28日から実質的にグランデ・グループの傘下となっていた。同グループの傘下に入ってからは、財政的、人的な支援を受けて財務面は改善したが、営業損益段階での欠損計上が続いていたため、監査法人からは継続企業の前提に関する重要な疑義が注記されていた。こうしたなか、2010年12月期より、音響、映像機器事業を休止するなど事業規模を縮小し、再建を目指していたものの、グループの中枢をなす親会社のザ・グランデ・ホールディングズ・リミテッド(香港)が2011年5月11日付で香港高等裁判所により、暫定清算人が任命されて、事実上の倒産状態となった。このため親会社からの資金支援が困難となったほか、グランデ・グループに対する債権の取立不能又は取立遅延の恐れが生じたことによる貸倒引当金繰入額54億8624万円を特損計上し、債務超過に転落していた。その後も、別途、ザ・グランデ・ホールディングズ・リミテッド(香港)の親会社グループからの融資や別の手段による外部機関からの資金調達を模索したものの、契約に至らず、2011年12月期の計算書類に対する監査法人からの意見表明も受領できぬほか、定時株主総会も延期していた。負債は2011年12月31日時点で約2億4765万円。

 14.07.16続報
 「東京」 元・東証1部上場の音響、映像機器メーカー、山水電気(株)(資本金53億8215万8621円、大田区蒲田5-29-3、登記面=渋谷区東2-23-3、代表室越隆氏ほか2名)は、7月9日に東京地裁より破産手続き開始決定を受けた。破産管財人は相澤光江弁護士(港区虎ノ門4-3-13、電話03-6721-3111)。債権届け出期間は8月13日までで、財産状況報告集会期日は10月27日午前11時。当社は、1944年(昭和19年)12月に創業、47年(昭和22年)6月に法人改組された高級音響機器及び映像機器の専業メーカー。61年12月には東証2部へ、70年3月には東証、大証1部へそれぞれ上場を果たし、84年10月期には年売上高約525億5200万円を計上。高級アンプ「SANSUI」として世界的なブランドを確立するほか、世界的なスピーカー、JBL(米)の日本総代理店にもなっていた。しかし、製品開発、生産体制などの立ち後れから、80年頃より経営危機が表面化するようになり、89年10月には英国ポリー・ペック・インターナショナル社の傘下に入り、再建を目指すこととなった。しかし、翌年同社が経営破綻したため、支援会社を模索。91年9月から香港のグランデ・グループと関係を結び、2001年11月28日から実質的にグランデ・グループの傘下に入った。財政的、人的な支援を受けて財務面は改善したが、営業損益段階での欠損計上が続いていたため、継続企業の前提に関する重要な疑義が注記されていた。こうしたなか、2010年12月期より、音響、映像機器事業を休止するなど事業規模を縮小し、再建を目指していたものの、グループ中枢の親会社であるザ・グランデ・ホールディングズ・リミテッド(香港)が2011年5月11日付で香港高等裁判所により、暫定清算人が任命されて、事実上の倒産状態となった。このため資金支援を受けることが困難となったほか、グランデ・グループに対する債権の取立不能又は取立遅延の恐れが生じたことで貸倒引当金繰入額54億8624万円を特損計上し、債務超過に転落していた。その後も、別途、ザ・グランデ・ホールディングズ・リミテッドの親会社グループからの融資や別の手段による外部機関からの資金調達を模索したものの、契約に至らず、2011年12月期の計算書類に対する監査法人からの意見表明も受領できないほか、定時株主総会も延期されるなど動向が注目されていた。こうしたなか、2012年4月2日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請し、同年5月3日に上場を廃止。同年12月27日付で、民事再生手続きを終結していたが、その後、資金繰りが続かなくなり今回の事態となった。負債は約3億5000万円。


2012年03月12日

(株)C&I Holdings

市場東2
コード9609
発行株数317,632,223
単位株数100
倒産時株価廃止後倒産
廃止時株価1
倒産日
廃止日12.03.12

メモ/記事引用
「東京」 (株)C&I Holdings(旧商号:(株)ベンチャー・リンク、資本金147億2179万451円、台東区寿1-5-10、代表松本信彦氏)は、3月12日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請し、同日保全命令を受けた。申請代理人は神部健一弁護士(中央区日本橋3-3-11、電話03-3281-7803)。監督委員には、渕上玲子弁護士(千代田区有楽町1-6-4、電話03-3595-2062)が選任されている。当社は、1981年(昭和56年)11月に設立された経営情報提供とフランチャイズ(FC)開発支援企業。中小企業の活性化を目的に全国180の地域金融機関と提携し、これらの顧客を会員制ビジネスクラブ「ビジネスリンクパートナーズ(BLP)」に組織化し、地域金融機関経由などで約10万社の中小企業向けに経営情報の提供やコンサルティングを行っていた。その後、地域金融機関の再編もあり、91年からFC本部の育成事業に乗り出し、外食や小売り、サービス業などで全国的なFCブランドを育成。95年3月には店頭登録(現:ジャスダック上場)に至った。99年からは「フランチャイズファクトリー」を標榜し、全国各地の新しい業態を発掘してはFCブランドにパッケージング。これらFC本部に出資する一方、FC加盟店のスーパーバイジングとして加盟店の勧誘・指導・育成を行い、全国的なFCブランドを幾つも立ち上げて2001年3月には東証1部に上場し、2002年5月期(その後、決算期変更)の年収入高は約202億9400万円を計上していた。しかし、FC加盟店の勧誘を急ぐあまり、開業した店舗から指導不足や説明不足などの件でトラブルが頻発。いくつかは訴訟にまで発展し、FC本部から提携を解消される事態が相次いでいた。このため、2009年2月には日本振興銀行との資本・業務提携、また2010年9月1日に持株会社に移行し、(株)ベンチャー・リンクから現商号に変更していた。こうしたなか、同月にメーンバンクの日本振興銀行が民事再生法の適用を申請したことで新たな資金調達が困難となったことに加え、取引先や関連会社の経営が悪化。2010年12月期は年収入高約14億2900万円にまで落ち込んでいた。このため、関連会社の売却や清算、事業再編を進め、2011年2月8日には「戦略委員会」を組成し、抜本的な経営改善計画に着手していたが、2011年12月期第2四半期の連結財務諸表において、監査法人から監査意見不表明を受け、同年10月3日に上場廃止となり、自主再建は困難となり、今回の措置となった。負債は、債権者約157名に対し、約52億6000万円。


2012年02月27日

エルピーダメモリ(株)

市場東1
コード6665
発行株数271,787,370
単位株数100
倒産時株価334
廃止時株価1
倒産日
廃止日12.02.27

メモ/記事引用
「東京」 エルピーダメモリ(株)(資本金2361億4313万1742円、中央区八重洲2-2-1、代表坂本幸雄氏、従業員3190名)は、2月27日に東京地裁へ会社更生法の適用を申請し、同日保全命令を受けた。申請代理人は小林信明弁護士(千代田区麹町1-6-9、電話03-3238-8515)ほか。監督委員兼調査委員は土岐敦司弁護士(港区虎ノ門4-3-1、電話03-5408-6160)が選任されている。当社は、1999年(平成11年)12月設立の半導体メーカー。元々、日本電気(株)および(株)日立製作所が次世代DRAMの開発を目的として設立された経緯がある。2003年4月には三菱電機(株)からDRAM事業の営業譲渡を受け、国内唯一のDRAM専業メーカーとなり、2004年11月には東証1部へ上場していた。主にパソコン向けのDRAMのほか、デジタル家電、モバイル機器向けのプレミアDRAMを手がけ、欧米、アジアの大手半導体メーカーに対抗して微細加工など最先端技術においても積極的な投資を展開してきた。販売単価が上昇した2007年3月期は年売上高約4692億6300万円を計上したが、翌2008年3月期は半導体市況のピークアウトによって価格が下落、年売上高は約3939億3700万円に落ち込み、赤字に転落していた。その後も中国のファウンダリー企業への生産委託など増産投資の手を緩めず、新規事業領域のロジックICへの進出を図るなどしていたが、2008年夏以降の世界経済急変で需要は急縮小。DRAM価格が採算を確保できない水準まで急落した2009年3月期は年売上高約3107億1500万円に対し、約1655億円の最終赤字となっていた。このため、2009年8月に改正産業活力再生法を活用し、日本政策投資銀行を割当先とする政府保証付の優先株式300億円を発行、同年11月には協調融資などで1100億円を調達、乗り切りを図った。その後、需要は回復をみせていたが、2010年後半より再びPCの出荷台数が伸び悩んだことでDRAM価格は下落。プレミアDRAMは堅調に推移したものの、業績への効果は薄く、今期に入ってもPCDRAMの需給バランスが崩れ6月頃から急落。9月には「円高とDRAM不況の緊急対策について」発表し、この中で広島工場の生産能力の一部を台湾の生産子会社に移設することの検討や坂本社長の報酬手取額を当面の間100%カットなどを表明していた。2012年1月に300億円の社債償還、2012年4月上旬には770億円の協調融資の返済が迫るなか、リファイナンスの動向が注目される一方、米国マイクロン社など経営統合を視野に資本・業務提携交渉を行っていたが、金融機関との交渉も難航するなか、今回の措置となった。負債は2011年3月末で約4480億3300万円で、製造業の倒産では過去最大の負債となった。また、今年に入って(株)太平洋クラブ(負債1260億円、1月に民事再生法)を抜いて最大となる。なお、子会社の秋田エルピーダメモリ(株)も同日東京地裁へ会社更生法の適用を申請している。秋田エルピーダメモリ(株)の負債は2011年3月末で約79億6100万円。

 12.03.23続報
 「東京」 既報、2月27日に東京地裁へ会社更生法の適用を申請した、エルピーダメモリ(株)(資本金2361億4313万1742円、中央区八重洲2-2-1、代表坂本幸雄氏、従業員3190名)は、3月23日に更生手続き開始決定を受けた。また、同時に調査命令が発令されている。管財人は、当社代表の坂本幸雄氏および申請代理人の小林信明弁護士(千代田区麹町1-6-9、電話03-3238-8515)。なお、子会社の秋田エルピーダメモリ(株)も同日更生手続き開始決定を受けている。2社ともに債権届け出期間は、5月21日までで、一般調査期間は6月26日から7月3日まで。


2011年09月26日

デザインエクスチェンジ(株)

市場マザーズ
コード4794
発行株数944,250
単位株数1
倒産時株価廃止後倒産
廃止時株価36
倒産日
廃止日11.09.26

メモ/記事引用
「東京」 元・東証マザーズ上場のデザインエクスチェンジ(株)(資本金18億3084万8000円、新宿区西新宿3-7-1、登記面=目黒区青葉台3-6-16、代表森谷一彦氏、従業員29名)は、9月16日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請し、9月22日に手続き開始決定を受けたことが判明した。申請代理人は溝口哲史弁護士(中央区銀座6-4-1、電話03-5537-7878)。監督委員は戸崎透弁護士(中央区日本橋小伝馬町14-5、電話03-3669-8261)。当社は、1993年(平成5年)6月にシンガポールの印刷関連企業の日本法人として設立。当初は輸入の全てをシンガポールの系列会社より行っていたが、2000年2月に現商号に変更し、同年10月に東証マザーズに上場。扱い品も、オフィスでの企画書など各種デザインコンテンツの開発やシステム開発事業などに広がり、2001年12月期の年売上高は約20億7200万円を計上していた。しかし、2003年3月に放送・映像業界専門の人材派遣会社と経営統合することを発表していながら、1ヵ月足らずで白紙撤回。さらに、2008年1月に黒澤明監督作品の脚本リメイク権等を18億円で取得したものの収益には寄与せず、財務体質は悪化していた。2010年6 月において時価総額が3億円未満となったため、上場廃止基準に抵触する可能性もあり、2010年8月には監理銘柄に指定されていた。2010年12月21日に監理銘柄から指定解除されたものの、2010年12月期の年売上高は約3億500万円まで落ち込み、最終損失約3億5600万円を計上していた。また、時価総額が上場廃止基準に抵触する状態を解消できなかったことで、2011年5月1日には上場廃止となっていた。負債は債権者約250名に対し約12億円。


(株)サンシティ

市場東1
コード8910
発行株数537,964
単位株数1
倒産時株価1360
廃止時株価61
倒産日16
廃止日11.09.26

メモ/記事引用
「宮城」 (株)サンシティ(資本金75億1054万6810円、仙台市青葉区一番町4-6-1、登記面=東京都中央区八丁堀1-5-1、代表米川淳氏、従業員129名)は、9月26日に仙台地裁へ民事再生法の適用を申請し、同日保全命令及び監督命令を受けた。申請代理人は綾克己弁護士(東京都千代田区内幸町1-2-2、電話03-3596-0260)ほか4名。監督委員には斉藤睦男弁護士(仙台市青葉区大町1-2-1、電話022-223-2905)が選任された。当社は、1992年(平成4年)2月に設立した分譲マンションおよび賃貸用マンション等の企画・分譲業務、不動産流動化事業業者。設立当初は販売代理業務を行っていたが、99年以降自社物件分譲主体の展開に業態を変更、2005年12月期からは土地の有効利用に関する企画・事業化といった不動産流動化事業を開始、設立以降連続して増収・増益決算を維持していた。この間、2002年12月には株式の店頭、2004年9月には東証2部、さらに2006年6月には東証1部上場を果たし、2007年の東北地区での分譲マンション供給戸数も最多となっていた。東北、北関東、首都圏を営業エリアとしていたが、2007年3月には静岡県の同業者を買収するなど業容を拡大、最近は不動産流動化事業に力を入れ、2007年12月期には年売上高約577億8500万円、当期純利益約24億6600万円を計上していた。しかし、2008年に入ってからは、不動産市況の低迷が大きく影響して取得不動産の販売が急激に鈍化したうえ、事業用地購入資金を借入金に依存していたことが大きな負担となり、業績が大幅に悪化していた。2008年12月期の年売上高は前期比6割減の約224億8500万円にまで減少し、販売用不動産等の時価が大幅に下落し評価減を行ったことから当期純損失約127億9200万円計上を余儀なくされていた。このため、不動産流動化事業やマンション新規開発事業から撤退するとともに、在庫物件の買取再販ビジネスへ進出するほか、手持ち不動産の処分や在庫分譲マンション販売に注力していたが、買取再販事業は進展しなかったうえ、大幅な保有不動産売却損の計上もあり財務内容は悪化の一途を辿っていた。さらに、2009年5月以降、取引金融機関全行に対して返済期限到来の借入金に対する資金残高維持を要請するなど、資金繰りはひっ迫していた。最近は、従業員削減を図るなど大幅なリストラを実施していたが、営業力の低下も進み2010年12月期の年売上高は約100億1300万円にまで減少、3期連続の当期純損失を計上し、財務内容の悪化に歯止めがからず、金融機関に対する返済猶予の見通しも立たないことから、今回の措置となった。負債は2011年7月末時点で約248億8800万円。