2012年07月25日

(株)塩見ホールディングス

市場東2
コード2414
発行株数126,654,401
単位株数100
倒産時株価廃止後倒産
廃止時株価1
倒産日
廃止日12.07.25

メモ/記事引用
「広島」 (株)塩見ホールディングス(資本金30億1742万9790円、広島市東区上大須賀町9-14、代表塩見信孝氏)は、7月18日に東京地裁より破産手続き開始決定を受けた。破産管財人は武井洋一弁護士(東京都港区虎ノ門4-3-1、電話03-5408-6164)。債権届け出期間は8月22日までで、財産状況報告集会期日は11月12日午後1時30分。当社は、2004年(平成16年)9月に建設総合コンサルタントの(株)塩見(1980年設立、当時大証2部)のグループ企業再編を目的として設立された持ち株会社で、同時に大証2部へ上場していた。2005年から2007年頃にかけては積極的なM&Aによって業容を拡大、最盛期のグループ企業数は30社を超え、2008年3月期の年売上高は連結ベースで約369億6500万円に達していた。しかし、不動産バブル崩壊からリーマン・ショックに至る建設・不動産不況のもと、信用不安が表面化、2008年以降は子会社の営業譲渡や株式譲渡が相次ぎ、グループ解体の方向となっていた。経営環境が悪化するなか、スポンサーとなっていた(株)SFCGが2009年2月に民事再生法の適用を申請(その後破産)した影響もあり、資金繰りは一段と悪化。さらには2011年3月期の有価証券報告書の提出時に監査法人へ経営者確認書を提出せず、意見不表明の監査報告書が添付される事態となったことで2011年11月に上場廃止となり、動向が注目されていた。今年5月14日に債権者より破産を申し立てられ、今回の措置となった。負債は債権者約86名に対し約125億1386万円(うち金融債務約107億6396万円)。


2012年06月11日

メルクス(株)

市場グリーンシート
コード7934
発行株数19,785,903
単位株数1000
倒産時株価3
廃止時株価
倒産日
廃止日12.06.11

メモ/記事引用
「長野」 フェニックス銘柄のメルクス(株)(資本金28億9202万3840円、飯田市松川町2211、登記面=東京都墨田区東駒形3-5-10、代表榎田了氏、従業員104名)は、6月11日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請し、同日付で保全・監督命令を受けた。申請代理人は松井勝弁護士(東京都中央区京橋2-5-1、電話03-3562-6480)ほか2名。監督委員には笠井直人弁護士(東京都中央区銀座3-11-18、電話03-3546-2033)が選任されている。当社は、1911年(明治44年)10月に設立。以降、靴用甲革、鞄、袋物用、家具用、自動車シート、ハンドル用の皮革製造を中心に、優遇関税割当を保有し、輸入皮革製品の卸売りを手がけていた。製革業者(タンナー)では、業界の先駆者的存在で、皮革メーカー大手企業として知られ、61年10月には東証2部に上場を果たしていた。92年3月期には年売上高約132億1100万円を計上、その後、2004年には中国子会社を設立して中国市場にも進出していた。しかし、ここ数年は、サブプライム問題を引き金とする為替相場の変動や長引くデフレ経済下での原皮相場の高騰、同業他社との競争激化などに伴い、業績悪化を余儀なくされ、2011年3月期には年売上高約29億円にまで減少、3期連続で最終赤字となっていた。こうしたなか、2011年6月には時価総額が上場廃止基準に抵触し、東証2部からフェニックス銘柄に移行。各種リストラや金融機関への返済猶予、また中国企業との合弁事業も模索したものの、足元の資金繰りに窮し、自力での再建を断念、今回の措置となった。


2012年05月09日

NISグループ(株)

市場東2
コード8571
発行株数481,188,550
単位株数100
倒産時株価4
廃止時株価1
倒産日
廃止日12.05.09

メモ/記事引用
「東京」 NISグループ(株)(資本金282億8937万5826円、港区南麻布3-19-23、登記面=愛媛県松山市千舟町5-7-6、代表原川城治氏)は、5月9日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請し、同日保全命令を受けた。申請代理人は森浩志弁護士(港区赤坂1-12-32、電話03-5562-8500)ほか8名。監督委員は内田実弁護士(港区虎ノ門1-16-4、電話03-3502-6294)が選任されている。当社は、1953年(昭和28年)8月に愛媛県松山市で創業、60年(昭和35年)5月に法人改組した中小事業者向け総合金融業者。72年から消費者ローンの取り扱いを、81年からは商工ローンの取り扱いを開始。営業エリアを全国主要都市に年々拡大し、96年9月には大証2部へ上場を果たしていた。98年4月には本社機能を東京へ移し、同年12月には東証2部へ上場、99年9月には大証、東証ともに1部上場に指定替えを果たし(大証については2002年に上場廃止)、2001年3月期には年収入高約320億2700万円を計上していた。その後も事業者ローン分野での複数企業との提携、さらには関係会社設立による債権回収業務へ進出するなど積極的に事業を展開、2003年3月期の年収入高は約413億8100万円にまで伸長、約49億4500万円の当期純利益を計上していた。また不動産ファイナンス事業部を新設するほか投資事業にも注力し買収や提携策を推し進めた結果、NISグループとして事業者ローン事業を中心に、不動産、リース、証券など幅広い業務分野を手がけ、2006年10月に商号を(株)ニッシンから現商号に変更していた。その後も地銀などとの中小企業融資における保証業務を進めていたが、貸出し上限金利の引き下げや過払利息引当で収益は悪化し、2009年3月期の年収入高は162億4600万円に大きく落ち込み、当期純損失約464億2400万円を計上、借入金にかかる財務制限条項の抵触、いわゆるゴーイングコンサーンの注記が記されるなど財務内容が悪化していた。2009年12月には米国ファンドのTPGグループの出資分の一部が中小企業保証機構グループに譲渡され、続く2010年3月期は営業貸付金の減少、不動産売買の減少もあって年収入高は約86億5900万円に、当期損失17億3300万円を計上。2010年8月にはネオラインホールディングス(株)を引き受け先とする第三者割当を発表し、財務基盤の安定化を目指していた。こうしたなか、日本振興銀行(株)が9月に民事再生法の適用を申請、同行に対する保有株式や長期貸付金の引き当て処理を行ったことで、貸金業法の定める純資産要件を満たさなくなったことから2010年12月31日付で貸金業を廃止。財務内容の悪化により、東証2部に指定替えとなっていた。また、大口債権者との間で、再建策の合意に向けて交渉を進めていたが、合意の見通しが立たず、今回の措置となった。負債は、約508億2300万円(2011年12月31日時点)。

 12.11.14続報
 「東京」 2012年5月17日に東京地裁より民事再生手続き開始決定を受けていた、NISグループ(株)(資本金282億8937万5826円、港区南麻布3-19-23、登記面=愛媛県松山市千舟町5-7-6、代表大谷利興氏)は、11月1日に同地裁より再生手続き廃止決定を受け、同時に保全管理命令を受けていたことが判明した。今後、1ヵ月をメドに破産手続きへ移行する見通し。保全管理人には内田実弁護士(港区虎ノ門1-15-12、電話03-3502-6295)が選任された。当社は、1953年(昭和28年)8月に愛媛県松山市で創業、60年(昭和35年)5月に法人改組した中小事業者向け総合金融業者。72年から消費者ローンの取り扱いを、81年からは商工ローンの取り扱いを開始。営業エリアを全国主要都市に年々拡大し、96年9月には大証2部へ上場を果たしていた。98年4月には本社機能を東京へ移し、同年12月には東証2部へ上場、99年9月には大証、東証ともに1部上場に指定替えを果たし(大証については2002年に上場廃止)、2001年3月期には年収入高約320億2700万円を計上していた。その後も事業者ローン分野での複数企業との提携、さらには関係会社設立による債権回収業務へ進出するなど積極的に事業を展開、2003年3月期の年収入高は約413億8100万円にまで伸長、約49億4500万円の当期純利益を計上していた。また不動産ファイナンス事業部を新設するほか投資事業にも注力し買収や提携策を推し進めた結果、NISグループとして事業者ローン事業を中心に、不動産、リース、証券など幅広い業務分野を手がけ、2006年10月に商号を(株)ニッシンから現商号に変更していた。その後も地銀などとの中小企業融資における保証業務を進めていたが、貸出し上限金利の引き下げや過払利息引当で収益は悪化し、2009年3月期の年収入高は162億4600万円に大きく落ち込み、当期純損失約464億2400万円を計上。借入金にかかる財務制限条項の抵触、ゴーイングコンサーンの注記が記されるなど財務内容が悪化していた。2009年12月には米国ファンドのTPGグループの出資分の一部が中小企業保証機構グループに譲渡され、続く2010年3月期は営業貸付金の減少、不動産売買の減少もあって年収入高は約86億5900万円に、当期損失17億3300万円を計上。2010年8月にはネオラインホールディングス(株)を引き受け先とする第三者割当を発表し、財務基盤の安定化を目指していた。 こうしたなか、日本振興銀行(株)が2010年9月に民事再生法の適用を申請、同行に対する保有株式や長期貸付金の引き当て処理を行ったことで、貸金業法の定める純資産要件を満たさなくなったことから2010年12月31日付で貸金業を廃止。財務内容の悪化により、東証2部に指定替えとなっていた。また、大口債権者との間で、再建策の合意に向けて交渉を進めていたが、合意の見通しが立たず、2012年5月9日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請。その後、再生計画を策定していくなかで、当社が行っていた事業は8月31日に別会社へ譲渡したうえで、当社自体は清算手続きを進めることとなり、今回の事態となった。負債は約508億2300万円(2011年12月31日時点)。


2012年04月02日

山水電気(株)

市場東1
コード6793
発行株数1,362,999,999
単位株数1000
倒産時株価1
廃止時株価1
倒産日
廃止日12.04.02

メモ/記事引用
「東京」 東証1部上場の元・音響、映像機器メーカー、山水電気(株)(資本金53億8215万8621円、渋谷区東2-23-3、代表室越隆氏ほか2名)は、4月2日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請した。申請代理人は、原口薫弁護士(港区赤坂1-9-15、電話03-5114-8568)ほか3名。当社は、1944年(昭和19年)に創業され、47年(昭和22年)6月に法人改組された高級音響機器及び映像機器の専業メーカー。61年12月には東証2部へ、70年3月には東証、大証1部へそれぞれ上場を果たし、84年10月期には年売上高約525億5200万円を計上していた。かつて、高級アンプ「SANSUI」として世界的なブランドを確立。また、世界的なスピーカー、JBL(米)の日本総代理店ともなっていた。しかし、製品開発、生産体制などの立ち後れから、80年頃より経営危機が表面化するようになり、89年10月には英国ポリー・ペック・インターナショナル社の傘下に入り、再建を目指していた。しかし、翌年同社が経営破綻したため、支援会社を模索。その後も、紆余曲折を経て、香港のグランデ・グループと91年9月から関係を結び、2001年11月28日から実質的にグランデ・グループの傘下となっていた。同グループの傘下に入ってからは、財政的、人的な支援を受けて財務面は改善したが、営業損益段階での欠損計上が続いていたため、監査法人からは継続企業の前提に関する重要な疑義が注記されていた。こうしたなか、2010年12月期より、音響、映像機器事業を休止するなど事業規模を縮小し、再建を目指していたものの、グループの中枢をなす親会社のザ・グランデ・ホールディングズ・リミテッド(香港)が2011年5月11日付で香港高等裁判所により、暫定清算人が任命されて、事実上の倒産状態となった。このため親会社からの資金支援が困難となったほか、グランデ・グループに対する債権の取立不能又は取立遅延の恐れが生じたことによる貸倒引当金繰入額54億8624万円を特損計上し、債務超過に転落していた。その後も、別途、ザ・グランデ・ホールディングズ・リミテッド(香港)の親会社グループからの融資や別の手段による外部機関からの資金調達を模索したものの、契約に至らず、2011年12月期の計算書類に対する監査法人からの意見表明も受領できぬほか、定時株主総会も延期していた。負債は2011年12月31日時点で約2億4765万円。

 14.07.16続報
 「東京」 元・東証1部上場の音響、映像機器メーカー、山水電気(株)(資本金53億8215万8621円、大田区蒲田5-29-3、登記面=渋谷区東2-23-3、代表室越隆氏ほか2名)は、7月9日に東京地裁より破産手続き開始決定を受けた。破産管財人は相澤光江弁護士(港区虎ノ門4-3-13、電話03-6721-3111)。債権届け出期間は8月13日までで、財産状況報告集会期日は10月27日午前11時。当社は、1944年(昭和19年)12月に創業、47年(昭和22年)6月に法人改組された高級音響機器及び映像機器の専業メーカー。61年12月には東証2部へ、70年3月には東証、大証1部へそれぞれ上場を果たし、84年10月期には年売上高約525億5200万円を計上。高級アンプ「SANSUI」として世界的なブランドを確立するほか、世界的なスピーカー、JBL(米)の日本総代理店にもなっていた。しかし、製品開発、生産体制などの立ち後れから、80年頃より経営危機が表面化するようになり、89年10月には英国ポリー・ペック・インターナショナル社の傘下に入り、再建を目指すこととなった。しかし、翌年同社が経営破綻したため、支援会社を模索。91年9月から香港のグランデ・グループと関係を結び、2001年11月28日から実質的にグランデ・グループの傘下に入った。財政的、人的な支援を受けて財務面は改善したが、営業損益段階での欠損計上が続いていたため、継続企業の前提に関する重要な疑義が注記されていた。こうしたなか、2010年12月期より、音響、映像機器事業を休止するなど事業規模を縮小し、再建を目指していたものの、グループ中枢の親会社であるザ・グランデ・ホールディングズ・リミテッド(香港)が2011年5月11日付で香港高等裁判所により、暫定清算人が任命されて、事実上の倒産状態となった。このため資金支援を受けることが困難となったほか、グランデ・グループに対する債権の取立不能又は取立遅延の恐れが生じたことで貸倒引当金繰入額54億8624万円を特損計上し、債務超過に転落していた。その後も、別途、ザ・グランデ・ホールディングズ・リミテッドの親会社グループからの融資や別の手段による外部機関からの資金調達を模索したものの、契約に至らず、2011年12月期の計算書類に対する監査法人からの意見表明も受領できないほか、定時株主総会も延期されるなど動向が注目されていた。こうしたなか、2012年4月2日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請し、同年5月3日に上場を廃止。同年12月27日付で、民事再生手続きを終結していたが、その後、資金繰りが続かなくなり今回の事態となった。負債は約3億5000万円。


2012年03月12日

(株)C&I Holdings

市場東2
コード9609
発行株数317,632,223
単位株数100
倒産時株価廃止後倒産
廃止時株価1
倒産日
廃止日12.03.12

メモ/記事引用
「東京」 (株)C&I Holdings(旧商号:(株)ベンチャー・リンク、資本金147億2179万451円、台東区寿1-5-10、代表松本信彦氏)は、3月12日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請し、同日保全命令を受けた。申請代理人は神部健一弁護士(中央区日本橋3-3-11、電話03-3281-7803)。監督委員には、渕上玲子弁護士(千代田区有楽町1-6-4、電話03-3595-2062)が選任されている。当社は、1981年(昭和56年)11月に設立された経営情報提供とフランチャイズ(FC)開発支援企業。中小企業の活性化を目的に全国180の地域金融機関と提携し、これらの顧客を会員制ビジネスクラブ「ビジネスリンクパートナーズ(BLP)」に組織化し、地域金融機関経由などで約10万社の中小企業向けに経営情報の提供やコンサルティングを行っていた。その後、地域金融機関の再編もあり、91年からFC本部の育成事業に乗り出し、外食や小売り、サービス業などで全国的なFCブランドを育成。95年3月には店頭登録(現:ジャスダック上場)に至った。99年からは「フランチャイズファクトリー」を標榜し、全国各地の新しい業態を発掘してはFCブランドにパッケージング。これらFC本部に出資する一方、FC加盟店のスーパーバイジングとして加盟店の勧誘・指導・育成を行い、全国的なFCブランドを幾つも立ち上げて2001年3月には東証1部に上場し、2002年5月期(その後、決算期変更)の年収入高は約202億9400万円を計上していた。しかし、FC加盟店の勧誘を急ぐあまり、開業した店舗から指導不足や説明不足などの件でトラブルが頻発。いくつかは訴訟にまで発展し、FC本部から提携を解消される事態が相次いでいた。このため、2009年2月には日本振興銀行との資本・業務提携、また2010年9月1日に持株会社に移行し、(株)ベンチャー・リンクから現商号に変更していた。こうしたなか、同月にメーンバンクの日本振興銀行が民事再生法の適用を申請したことで新たな資金調達が困難となったことに加え、取引先や関連会社の経営が悪化。2010年12月期は年収入高約14億2900万円にまで落ち込んでいた。このため、関連会社の売却や清算、事業再編を進め、2011年2月8日には「戦略委員会」を組成し、抜本的な経営改善計画に着手していたが、2011年12月期第2四半期の連結財務諸表において、監査法人から監査意見不表明を受け、同年10月3日に上場廃止となり、自主再建は困難となり、今回の措置となった。負債は、債権者約157名に対し、約52億6000万円。


2012年02月27日

エルピーダメモリ(株)

市場東1
コード6665
発行株数271,787,370
単位株数100
倒産時株価334
廃止時株価1
倒産日
廃止日12.02.27

メモ/記事引用
「東京」 エルピーダメモリ(株)(資本金2361億4313万1742円、中央区八重洲2-2-1、代表坂本幸雄氏、従業員3190名)は、2月27日に東京地裁へ会社更生法の適用を申請し、同日保全命令を受けた。申請代理人は小林信明弁護士(千代田区麹町1-6-9、電話03-3238-8515)ほか。監督委員兼調査委員は土岐敦司弁護士(港区虎ノ門4-3-1、電話03-5408-6160)が選任されている。当社は、1999年(平成11年)12月設立の半導体メーカー。元々、日本電気(株)および(株)日立製作所が次世代DRAMの開発を目的として設立された経緯がある。2003年4月には三菱電機(株)からDRAM事業の営業譲渡を受け、国内唯一のDRAM専業メーカーとなり、2004年11月には東証1部へ上場していた。主にパソコン向けのDRAMのほか、デジタル家電、モバイル機器向けのプレミアDRAMを手がけ、欧米、アジアの大手半導体メーカーに対抗して微細加工など最先端技術においても積極的な投資を展開してきた。販売単価が上昇した2007年3月期は年売上高約4692億6300万円を計上したが、翌2008年3月期は半導体市況のピークアウトによって価格が下落、年売上高は約3939億3700万円に落ち込み、赤字に転落していた。その後も中国のファウンダリー企業への生産委託など増産投資の手を緩めず、新規事業領域のロジックICへの進出を図るなどしていたが、2008年夏以降の世界経済急変で需要は急縮小。DRAM価格が採算を確保できない水準まで急落した2009年3月期は年売上高約3107億1500万円に対し、約1655億円の最終赤字となっていた。このため、2009年8月に改正産業活力再生法を活用し、日本政策投資銀行を割当先とする政府保証付の優先株式300億円を発行、同年11月には協調融資などで1100億円を調達、乗り切りを図った。その後、需要は回復をみせていたが、2010年後半より再びPCの出荷台数が伸び悩んだことでDRAM価格は下落。プレミアDRAMは堅調に推移したものの、業績への効果は薄く、今期に入ってもPCDRAMの需給バランスが崩れ6月頃から急落。9月には「円高とDRAM不況の緊急対策について」発表し、この中で広島工場の生産能力の一部を台湾の生産子会社に移設することの検討や坂本社長の報酬手取額を当面の間100%カットなどを表明していた。2012年1月に300億円の社債償還、2012年4月上旬には770億円の協調融資の返済が迫るなか、リファイナンスの動向が注目される一方、米国マイクロン社など経営統合を視野に資本・業務提携交渉を行っていたが、金融機関との交渉も難航するなか、今回の措置となった。負債は2011年3月末で約4480億3300万円で、製造業の倒産では過去最大の負債となった。また、今年に入って(株)太平洋クラブ(負債1260億円、1月に民事再生法)を抜いて最大となる。なお、子会社の秋田エルピーダメモリ(株)も同日東京地裁へ会社更生法の適用を申請している。秋田エルピーダメモリ(株)の負債は2011年3月末で約79億6100万円。

 12.03.23続報
 「東京」 既報、2月27日に東京地裁へ会社更生法の適用を申請した、エルピーダメモリ(株)(資本金2361億4313万1742円、中央区八重洲2-2-1、代表坂本幸雄氏、従業員3190名)は、3月23日に更生手続き開始決定を受けた。また、同時に調査命令が発令されている。管財人は、当社代表の坂本幸雄氏および申請代理人の小林信明弁護士(千代田区麹町1-6-9、電話03-3238-8515)。なお、子会社の秋田エルピーダメモリ(株)も同日更生手続き開始決定を受けている。2社ともに債権届け出期間は、5月21日までで、一般調査期間は6月26日から7月3日まで。


2011年09月26日

デザインエクスチェンジ(株)

市場マザーズ
コード4794
発行株数944,250
単位株数1
倒産時株価廃止後倒産
廃止時株価36
倒産日
廃止日11.09.26

メモ/記事引用
「東京」 元・東証マザーズ上場のデザインエクスチェンジ(株)(資本金18億3084万8000円、新宿区西新宿3-7-1、登記面=目黒区青葉台3-6-16、代表森谷一彦氏、従業員29名)は、9月16日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請し、9月22日に手続き開始決定を受けたことが判明した。申請代理人は溝口哲史弁護士(中央区銀座6-4-1、電話03-5537-7878)。監督委員は戸崎透弁護士(中央区日本橋小伝馬町14-5、電話03-3669-8261)。当社は、1993年(平成5年)6月にシンガポールの印刷関連企業の日本法人として設立。当初は輸入の全てをシンガポールの系列会社より行っていたが、2000年2月に現商号に変更し、同年10月に東証マザーズに上場。扱い品も、オフィスでの企画書など各種デザインコンテンツの開発やシステム開発事業などに広がり、2001年12月期の年売上高は約20億7200万円を計上していた。しかし、2003年3月に放送・映像業界専門の人材派遣会社と経営統合することを発表していながら、1ヵ月足らずで白紙撤回。さらに、2008年1月に黒澤明監督作品の脚本リメイク権等を18億円で取得したものの収益には寄与せず、財務体質は悪化していた。2010年6 月において時価総額が3億円未満となったため、上場廃止基準に抵触する可能性もあり、2010年8月には監理銘柄に指定されていた。2010年12月21日に監理銘柄から指定解除されたものの、2010年12月期の年売上高は約3億500万円まで落ち込み、最終損失約3億5600万円を計上していた。また、時価総額が上場廃止基準に抵触する状態を解消できなかったことで、2011年5月1日には上場廃止となっていた。負債は債権者約250名に対し約12億円。


(株)サンシティ

市場東1
コード8910
発行株数537,964
単位株数1
倒産時株価1360
廃止時株価61
倒産日16
廃止日11.09.26

メモ/記事引用
「宮城」 (株)サンシティ(資本金75億1054万6810円、仙台市青葉区一番町4-6-1、登記面=東京都中央区八丁堀1-5-1、代表米川淳氏、従業員129名)は、9月26日に仙台地裁へ民事再生法の適用を申請し、同日保全命令及び監督命令を受けた。申請代理人は綾克己弁護士(東京都千代田区内幸町1-2-2、電話03-3596-0260)ほか4名。監督委員には斉藤睦男弁護士(仙台市青葉区大町1-2-1、電話022-223-2905)が選任された。当社は、1992年(平成4年)2月に設立した分譲マンションおよび賃貸用マンション等の企画・分譲業務、不動産流動化事業業者。設立当初は販売代理業務を行っていたが、99年以降自社物件分譲主体の展開に業態を変更、2005年12月期からは土地の有効利用に関する企画・事業化といった不動産流動化事業を開始、設立以降連続して増収・増益決算を維持していた。この間、2002年12月には株式の店頭、2004年9月には東証2部、さらに2006年6月には東証1部上場を果たし、2007年の東北地区での分譲マンション供給戸数も最多となっていた。東北、北関東、首都圏を営業エリアとしていたが、2007年3月には静岡県の同業者を買収するなど業容を拡大、最近は不動産流動化事業に力を入れ、2007年12月期には年売上高約577億8500万円、当期純利益約24億6600万円を計上していた。しかし、2008年に入ってからは、不動産市況の低迷が大きく影響して取得不動産の販売が急激に鈍化したうえ、事業用地購入資金を借入金に依存していたことが大きな負担となり、業績が大幅に悪化していた。2008年12月期の年売上高は前期比6割減の約224億8500万円にまで減少し、販売用不動産等の時価が大幅に下落し評価減を行ったことから当期純損失約127億9200万円計上を余儀なくされていた。このため、不動産流動化事業やマンション新規開発事業から撤退するとともに、在庫物件の買取再販ビジネスへ進出するほか、手持ち不動産の処分や在庫分譲マンション販売に注力していたが、買取再販事業は進展しなかったうえ、大幅な保有不動産売却損の計上もあり財務内容は悪化の一途を辿っていた。さらに、2009年5月以降、取引金融機関全行に対して返済期限到来の借入金に対する資金残高維持を要請するなど、資金繰りはひっ迫していた。最近は、従業員削減を図るなど大幅なリストラを実施していたが、営業力の低下も進み2010年12月期の年売上高は約100億1300万円にまで減少、3期連続の当期純損失を計上し、財務内容の悪化に歯止めがからず、金融機関に対する返済猶予の見通しも立たないことから、今回の措置となった。負債は2011年7月末時点で約248億8800万円。


2011年09月09日

(株)インネクスト

市場札幌アンビシャス
コード6660
発行株数50,590
単位株数1
倒産時株価廃止後倒産
廃止時株価1630
倒産日16
廃止日11.09.09

メモ/記事引用
「東京」 既報、(株)インネクスト(資本金1億9581万2500円、品川区西五反田2-18-2、代表那須郁雄氏ほか1名、従業員17名)は、9月9日開催の取締役会で自己破産を申請することを決議し、同日、東京地裁へ自己破産を申請した。当社は、2003年(平成15年)10月に設立。医療機器の輸入販売権を譲り受けたのを皮切りに、液晶検査装置の製造販売なども手がけ、2007年12月には札証アンビシャス市場に上場を果たしていた。その後、液晶機器事業を主力として展開し、2009年6月期には中国企業向け液晶製造装置の納入や、国内でも大口の医療関連装置の受注を得るなどして年売上高約13億9400万円を計上、また翌2010年6月期においても、主要顧客である台湾や中国の液晶パネルメーカーが積極的に設備投資を進めたことで、液晶製造装置の販売も好調に推移、年売上高は約14億8400万円と公表していた。ところが、2011年6月17日に過去の決算において不正経理を行っていたことを発表。2007年6月期から2011年6月期第3四半期までで約24億円の架空売上と約10億円の粉飾利益があったことを明らかにするとともに、同日付で監理銘柄に指定される事態となっていた。このため、信用が低下し予定していた大型案件の受注も出来ず、スポンサーの獲得も難航、今後の資金繰りの目処が立たないことから、今回の措置となった。負債は約10億7000万円(9月9日現在)。


2011年05月11日

(株)リンク・ワン

市場マザーズ
コード2403
発行株数60,004
単位株数1
倒産時株価廃止後倒産
廃止時株価245 
倒産日
廃止日11.05.11

メモ/記事引用
「東京」 (株)リンク・ワン(資本金17億2738万1300円、新宿区西新宿6-5-1、代表長谷部修氏、従業員26名)は、4月28日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請した。申請代理人は渡辺久弁護士(港区虎ノ門1-8-13、電話03-3580-1811)。当社は、2001年(平成13年)7月に設立、外食産業向けの人材支援、経営コンサルティング、飲食店運営事業を手がけていた。本業だった人材支援では、プロ店長などを派遣する「人材派遣」事業、業界の教育機関の展開などの「教育・コンサルティング事業」、パート・アルバイト等の人材紹介・採用支援などの「人材採用支援事業」を3本柱としていた。経営コンサル業者、FC支援業者との連携もあったことで、大手外食企業の業務請負を開始するなど実績を積み上げ、2004年7月には東証マザーズに株式上場を果たした。その後も、全国の有力業者と提携してエリアパートナーとしてフランチャイズ(FC)店を開拓・拡大させるほか、直営店舗の開設するFC・直営関連事業に注力し、2006年4月期には年収入高約32億9500万円を計上していた。しかし、FC店の新規出店が計画を大きく下回ったうえ、直営店の不振も加わるなど、特にFC・直営関連事業の伸び悩みが著しく、2007年4月期の年収入高は約26億1100万円に減少、店舗固定資産の減損処理を実施したことで約20億2000万円の最終損失となっていた。さらに、2009年11月に過去の不適切な取引が判明し、2010年2月には監理銘柄に指定され信用が大幅に失墜。その後、監理銘柄指定が解除されるものの、金融庁から課徴金の支払を命じられるなど資金繰りも厳しい状況にあった。2011年2月25日には再建計画を開示し、債務超過による上場廃止を回避するために関係会社から債務免除を受けていたが、2011年2月期の年収入高は約4億4100万円まで落ち込み、再建計画開示後1ヵ月間の時価総額が5億円未満であったことから、4月26日に上場廃止となり、再建計画の遂行が困難となったことから、今回の措置となった。負債は、2011年2月期末で約3億600万円。